映画評「ナッシュビル」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1975年アメリカ映画 監督ロバート・オルトマン
ネタバレあり

本作が公開されて早くも30年以上の月日が経つが、大学生だった僕は興奮した。当時の記録を読むと「オルトマンの最高作だ」と拙い文章で書いているが、その思いは結局今でも変わらず、先日見た未公開作「ヘルス」は本作の下手な焼き直しということが益々明白になった。

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ナッシュヴィルを基盤として大統領候補に名乗り出た政治家の選挙参謀が、当地の弁護士ネッド・ビーティを担ぎ出して選挙戦のショー化を図る。
 カントリー&ウェスタンのメッカであるナッシュヴィルには大物から卵まで種々雑多の歌手が集まるわけだが、人気No.1の自己顕示欲の強いヘンリー・ギブスンを知事にすると協力させ、彼の力で人気スターになったロニー・ブレイクリーは病弱でなかなか上手く行かない。急遽カレン・ブラックを立てるが、ここでの人気はいま一つだ。

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かくして同地名物の大コンサート“グランド・オール・オープリー”の幕が切って落とされ、ウェイトレスのグウェン・ウェルズ、農場から飛び出してきたバーバラ・ハリス、子離れのできない母親を嫌悪するデーヴィッド・ヘイワードといった歌手志願や、妻の看病に追われる伯父キーナン・ウィンに呼ばれてやってきたふーてん娘シェリー・デュヴォールやロニーのファンたるGIスコット・グレンといった若者が、手ぐすねを引いて待っている運命の大きな渦に呑み込まれていくのである。

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選挙参謀が声をかけた中には解散状態にある三人組がいて、その中のキース・キャラディーンは女癖が悪くメンバーのクリスティナ・レインズは勿論、ビーティの妻リリー・トムリンやBBCリポーターのジェラルディン・チャップリンとまで懇ろになってしまう。

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一言で言えば、アメリカの縮図を160分という長さで描いたドラマである。
 ここで取り上げまた取り上げなかった人物の織りなす小ドラマが政治戦略の場となったコンサートというクライマックスへの伏線となり、全ての人物が舞台の上と下に集結し、ドラマとドラマが重なり合って大きくなり渦を巻きながら運命という海になだれ込んでいくその壮大さに僕は感激するしかなかったのだ。

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幕引きも圧巻である。
 家族への愛を歌うロニーが母親嫌いのヘイワードに狙撃される。その瞬間選挙参謀や弁護士の苦労は水の泡となり、哀れにも音痴の余りに強制された全裸ストリップを敢行して繋いだはずのグウェンの夢は灰燼に帰し、運命の前には実に小さな存在に過ぎない我々を絶望の淵に追いやる。しかし、直後バーバラが自信なさげに歌い始めやがて聴衆を巻き込む熱唱となっていく。その歌詞が"It don't worry me"(そんなことはへっちゃら)。

この幕切れに観賞者たる僕も完全に呑み込まれ絶句した。狂言回しのジェラルディンの場面が無駄気味なのを除けば文句のない傑作だ。

因みに、キース・キャラディーン、カレン・ブラック、ロニー・ブレイクリーは自作自演。最後の"It don't worry me"はキャラディーン作。

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