映画評「バリー・リンドン」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1975年アメリカ映画 監督スタンリー・キューブリック
ネタバレあり

ディケンズと同時代の英国の文豪ウィリアム・サッカレーは「虚栄の市」が断然有名だが、映画版では断然本作。スタンリー・キューブリックの馬力に圧倒され続ける186分である。

18世紀半ば、アイルランドの平民レイモンド・バリー(ライアン・オニール)が初恋の従姉に裏切られてその相手を決闘で倒し、逃亡中に追い剥ぎに全財産を奪われ仕方なくイングランド軍に加わり七年戦争に駆り出され、脱走した先でプロシャ軍に強制入隊、やがて功績を認められて官憲のスパイとなり、その結果同郷の詐欺師(パトリック・マギー)の相棒になり、彼と欧州を横断している間に英国大使であるリンドン伯爵の夫人(マリサ・ベレンソン)と知り合う。

これが第一部までのお話だが、ひどく目まぐるしくお話が変転するのは「トム・ジョーンズの華麗な冒険」などピカレスク小説の伝統である。

キューブリック作品は常に撮影が目を引くのだが、本作では蝋燭の光のみで撮影出来るカメラを使用、室内では蝋燭のみで撮影して近代のムードを出すことに努めたという。
 撮影はミディアムショットからロングショットやその逆のズームといった長廻し(あくまで相対的に長いだけ)があるかと思えば、ロングショット、セミロング、ミディアムショットを短いカッティングで繋いでみたり、その場に応じて臨機応変にショットを組み立てて目を見張るばかりに美しくまたはダイナミックな場面を構築、それこそ大河の流れのように悠然と展開している。
 戦闘で次々と兵士が倒れる場面では、縦のショットをロングとフルショット、横のショットをフルショットで構成して畳み掛ける素晴らしい演出を見せる。その冷徹なスタイルは神の視点を感じさせるものである。
 バリーが各地を点々とする度に城を捉えたロングショットを挿入する趣向も面白い。

後半は、リンドン夫人の後釜になったバリーの流転を描くが、この辺りではルキノ・ヴィスコンティの「山猫」もびっくりの豪華な衣装や調度品がところ狭しと躍動する。もう一人の完全主義者ならではの見どころと言って良い。

「2001年宇宙の旅」でニーチェの唱える人間(霊)の変転を描いたキューブリックは「時計じかけのオレンジ」でこれまたニーチェの「善悪の彼岸」をベースに暴力を描いた。その次回作に当たる本作は実にクラシックなムードではあるが、これもまた人間の暴力を扱ったもので、一作ごとに違うように見えても根底には類似のテーマが横たわっていることにお気付きになるだろう。

映画の構成としては決闘に始まり決闘に終るという綺麗な対称に注目したいが、その両方において英国人がアイルランド人に対して猛烈に優越意識を抱いていることを示した点にキューブリックらしい強烈な皮肉精神を見出すことが出来る。

僕は本作がキューブリックの最高作と思ってきたが、今回見直してそれを確認することになった。

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