映画評「暗くなるまでこの恋を」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1969年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり

「経験では映画は語れない、」と遠回しに僕を批判した人がいた。映画を批評する時に大事なのは鋭い意見ではなく、(経験なしには為しえない)高い精度なので彼の意見は的外れと思うが、それとは別の形で反論しよう。
 例えば、このフランソワ・トリュフォー監督によるサスペンス映画の面白さは、彼の述べた【鋭い意見を放つ昨日映画を見始めたばかりの高校生】に解るはずもない。理由は後述の通りで、そういう種類の映画もあるのである。

原作はウィリアム・アイリッシュの「暗闇のワルツ」だが、いきなりニヤニヤさせてくれる。車の内部から前方を捉えカットを繋いでいくという撮影スタイルがトリュフォーが尊敬するヒッチコックの「めまい」を彷彿とするのである。

フランス領レユニオン島で煙草工場を経営する青年ジャン=ポール・ベルモンドが新聞広告による写真交換結婚をすることになった花嫁を待つが、写真に写っていた黒髪の女性は現れず、その代わり金髪美人カトリーヌ・ドヌーヴが名乗り出て、姉の写真だったのだと弁解する。間もなく結婚し、口座も共同名義とするが、その直後彼女はどろん、本土から妹を探しにやってきた姉によればカトリーヌは妹ではない。二人は歩調を合せて私立探偵ミシェル・ブーケに彼女の足取り調査を依頼する。

トリュフォーがヒッチコックを師匠と仰いでいることを知っている人は、ブーケがどのような運命を迎えるか想像が付くであろう。そう、彼は「サイコ」の探偵マーティン・バルサムなのである。外観のイメージが似通っているのは偶然ではない。後半些か面白味が薄くなるのだが、ブーケがいつ階段から落ちるのか楽しみにできるので、余り退屈しない。そして期待通りにやってくれるのだ。

本土に戻ったベルモンドは踊りになっていたカトリーヌと再会して疑心暗鬼に苛まれつつも愛情を確認、殺人でスイスにまで逃げていく。
 ここで最初に「ジャン・ルノワールに捧ぐ」というタイトルが出た意味が判る。二人の捕虜がドイツからスイスに逃げたところで終る彼の代表作「大いなる幻影」をなぞっているのである。

勿論、トリュフォーの他の作品も見ていた方が楽しめる。例えば、終盤ベルモンドが手に取る本はバルザックの「あら皮」で、「夜霧の恋人たち」で「谷間の百合」を引用しているのでトリュフォーがバルザックを好んでいたらしいことが判る、といった具合である。

結局、トリュフォーは後半を恋愛映画もどきにした。それが言わば巧妙なトリックで、主人公の彼女を信用しきれない様子が我々に伝染、彼女の姿が見えなければ「すはまた失踪か」と思う(ヒッチコック「白い恐怖」の応用)し、彼が病気になれば「彼女が毒でも?」と思う。恋愛映画とサスペンスの狭間に我々をさまよわせる作品なのである。
 全体の実力は中の最上といったところだが、枝葉末節の面白さで★一つアップ。そういう観方や評価の仕方もあって良い。

リメイクの「ポワゾン」は文字通り毒気は増したが洒落っ気が少なく、そこそこでした。

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