映画評「浮雲」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1955年日本映画 監督・成瀬巳喜男
ネタバレあり

成瀬巳喜男を語る時外せないこの作品をやっと取り上げることが出来る嬉しさよ。昨年生誕100年の時には未見の作品や余り観ていない作品を中心に観たので代表作は後回しになった形だが、本年中に有名作を何作か取り上げられると思う。
 原作は林芙美子の同名の傑作で、中学か高校時代に読んだ。

太平洋戦争中農林省技官としてフランス領インドシナ(現ベトナム周辺)に赴任した富岡(森雅之)が、タイピストの幸田ゆき子(高峰秀子)と愛人関係になる。戦後富岡の自宅で二人は再会するが、男は妻(中北千枝子)と別れる気がなく、この後延々とくされ縁が続くのである。

焼け跡のうらぶれたホテル、盛り場裏の掘っ建て小屋、伊香保の温泉宿、再び掘っ建て小屋、別居した富岡のアパート、長岡温泉の旅館、鹿児島の旅館、そして雨降りしきる屋久島と場所を変えながら、映画の大半は二人が一緒にいる場面である。

その間に伊香保で出会った幼な妻(岡田茉莉子)が富岡と懇ろになった後嫉妬に狂った夫(加藤大介)に殺される事件や、ゆき子がインチキ宗教家になった最初の男(山形勲)から大金をネコババする出来事が挟まれるのだが、二人は結局離れられない運命であることを映画は表現し続けていく。

色々印象に残ることがある。
 開巻直後家の前から話し続けていた富岡が突然「着替えて来る」と言って家に戻るのだが、本腰を入れて話す気がなく出たのにいざ話してみたら後に引けなくなった彼の心境を端的に示している。その間にゆき子はインドシナ時代を回想する。
 水木洋子には優れた脚本が多いが、本作ではこの序盤から一分の隙もない。その隙のなさは結局最後まで続き、成瀬お得意の捨てカットが全く見当たらない。

次に印象に残るのは定期的に繰り出される雨で、ヒロインの暗澹たる気持ちを象徴するかのようにもの哀しく降り、最後に屋久島のあのやるせない雨と繋がっていく。ゆき子は激しい雨の降るある日息絶える。僕は男だが、彼女の女心には切なくなってしまう。
 次々と女性を替えていく男の無責任ぶりを非難するのはこの作品の目的ではない。徹底的に女心の切なさを味わうべきである。

彼女の化粧と様子でその立場と境遇が瞬時に解る成瀬演出が素晴らしい。戦後のくたびれた様子と戦中の輝く美しさ、アメリカ兵の彼女になった時の皮相的な華美、インチキ宗教家の家に駆け込んだ時の典雅、病気に倒れた時の儚い美しさ。これぞ映画の演出と言うべきである。監督の要求に見事に応えた高峰秀子の演技は鬼気迫る。元来好きな女優だが、惚れ惚れする。
 森雅之も男の色気を発揮して抜群。

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