映画評「パラダイン夫人の恋」

☆☆★(5点/10点満点中)
1947年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり

アルフレッド・ヒッチコック第33作。

盲目の夫を殺した罪で逮捕された妻パラダイン夫人(アリダ・ヴァリ)の弁護を青年弁護士(グレゴリー・ペック)が行うことになり、その美しさによろめいて彼女の無実で信じ込む。が、召使だけが残った屋敷へ赴いた時に馬丁(ルイ・ジュールダン)と彼女が深い仲にあったことを知って取った方針が彼自身を致命的な立場に追い込んでしまう。

ワンマン・プロデューサー、デーヴィッド・O・セルズニックとヒッチコックの付き合いは結局3作に留まったが、これをもって悪夢の終りということになる。しかし、出来栄えはこれが一番悪い。
 ヒッチコックと優秀な脚本家であった夫人アルマ・レヴィルが当初ロバート・ヒチェッスの小説を潤色したが、その後紆余曲折を経てセルズニックが脚本にした。基本的にはこれが映画的に見どころのない作品となった直接的原因だろう。

ヒッチコックの言葉を借りれば、<紳士たる弁護士が色情狂的な女にほだされて堕落する物語>なのだが、見終わった後そんな印象が殆ど残らない。
 その原因はセルズニックの為したミスキャスト。アリダ・ヴァリには色情狂的な印象はなく、ジュールダンに至ってはどこぞの坊ちゃん風情で馬丁には程遠い。ペックは紳士的ではあるが、アメリカ的すぎて英国上流階級のムードがない。
 好色な裁判長チャールズ・ロートンやペックの妻アン・トッド、顧問弁護士親娘などが絡むディテールに面白い箇所はあるが、全体の評価を上げるほどではない。

ヒッチ自ら認めるように凡作であるが、印象に残るカメラワークが一つある。裁判で夫人の後ろで馬丁が証言の為に入って来るのが見えるカットで、二人が運命共同体であることを物語る。実はここはヒッチコックが最も腐心したカットということであった。

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