映画評「レディ・ジョーカー」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2004年日本映画 監督・平山秀幸
ネタバレあり

平山秀幸は正攻法に映画を撮らせたら、今、日本で一番実力のある監督と思うが、グリコ森永事件をモデルにして高村薫が作り上げた社会派ミステリーを映画化したこの作品も世評に反してなかなか良い。

2004年10月日之出ビールの社長・長塚京三がレディ・ジョーカーと名乗るグループに誘拐され解放後、赤いビールの出回りを阻止すべく5億円の引渡しが行われるがこれは偽装、実は20億円という大金が極秘裏に動く。

犯罪の概要はこういうことだが、この作品が焦点を当てているのは、その犯罪に関わった犯人グループ、会社の経営者家族、そして警察関係者の織り成す社会の渦である。
 犯人グループの精神的支柱は、薬局経営の渡哲也で、彼の兄が半世紀前に日之出ビールを首になった経緯があり、部落問題が絡んでいる。部落問題をキーワードにして交通事故死した彼の孫と社長の姪・菅野美穂が恋仲だったことが事件の発端を成し、結果を決定する。

渡とグループを形成したメンバーは競馬場での知り合いで、差別社会に不満を持っている連中である。障害者の娘レディを抱えるトラック運転手・大杉漣、旋盤工・加藤晴彦、信金に勤める在日三世(二世?)・吹越満、そして刑事・吉川晃司。
 旋盤工はビール細工時に大いに活躍し、在日三世はヤクザと繋がりがあって最終的に大金の杳として知れなくなる原因となってしまうわけだが、刑事が一人絡んでいることで映画はさらに複雑な様相を呈することになる。

警察側の主役は徳重聡で、高村薫の作品ではお馴染みという合田刑事に扮するが、この作品ではちょっとした狂言回し的な立場でそう面白味はない。

今一つ評価がパッとしない最大の理由は、恐らくお話が複雑すぎる上に結論が曖昧であることだろう。しかし、分からない点はもう一度観て確認すれば良しとして、これだけ大人数から成る三つの組織が複雑に絡み合う物語を巧く交通整理し、正攻法にがっちり作ってくれたことにほぼ満足しなくては贅沢というものではないだろうか。

各人の人物像の掘り下げが浅いという指摘があるが、これだけ多くの人間を不足なく描くことを不可能にしているのは、気ぜわしい現在の観客そのものである。「観客のコメントは矛盾するものだ」とヒッチコックも言っている。
 2時間では到底無理であることなど脚本家・鄭義信も平山監督も百も承知で、そういう設計図に基づいて作っている。しかもそのほうが主題が明確になる。二人が描こうとしているのは、各人の人間模様ではなく、彼らのような不満分子が社会に提示する差別の総体である。

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