映画評「ヴァン・ヘルシング」

☆☆(4点/10点満点中)
2004年アメリカ映画 監督スティーヴン・ソマーズ
ネタバレあり

かつてユニヴァーサル映画を飾った怪物たちが一同に揃うホラー・アクション。タイトルになったヴァン・ヘルシングはドラキュラ映画でお馴染みの人物だが、吸血鬼研究の権威としてではなくモンスター・ハンターという設定に変えられている。

正確な時期は不明な19世紀、ヘルシング(ヒュー・ジャックマン)がジキル博士が変身したハイドを退治するところから始まる。これで大体作品の方向性が分った。
 バチカンに命じられたヘルシングはトランシルヴァニアに向かい、その土地で代々吸血鬼との戦いを繰り拡げている一族の娘アナ(ケイト・ベッキンセール)と協力して古城に暮らすドラキュラ退治に向かうわけだが、城にはフランケンシュタイン博士が残した装置を駆使しているドラキュラがいる、というけったいなことになっていて、彼女の兄がなり果てた狼男や、フランケンシュタインが作った怪物も登場して誠に賑やかである。

怪物映画は嫌いではないし、ノンストップ・アクションも結構だが、スティーヴン・ソマーズの展開ぶりはお粗末。カットの繋ぎも出鱈目ならシーンの繋がりも破綻だらけである。
 そもそも夫々時代の違う人物と怪物を強引に結び付け、ヘルシングを強靭な男に変えた脚本もいい加減なものである。パロディと解釈してもああした形でハイドを殺すことは不謹慎極まりなく、原作もその古い映画化も知る僕としては憤慨して序盤から興味を失わざるを得なかった。

それ以前に事象だけを並べておけば楽しんでくれるだろうという発想が気に入らない。CGは場面を見せる手段であり、目的ではない。最近の映画はそれを勘違いして物語がなおざりになっている。だからCGをフィーチャーした最近の作品は大人たちに評判が悪いのだ。

様々なフィクションの登場人物が一堂に会するという形式なら先般観た「リーグ・オブ・レジェンド」のほうが多少はましである。
 シェリー夫人、ロバート・スティーヴンスン、ブラム・ストーカーが草葉の陰で泣いているじゃろ。

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