映画評「燃ゆる女の肖像」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年フランス映画 監督セリーヌ・シアマ
ネタバレあり

セリーヌ・シアマという女性監督は初めて観るかと思っていたところ、10年以上前に「水の中のつぼみ」というガールズ・ムービーで経験済みだった。WOWOWでかの作品を含む彼女の映画を3本やったせいか、その特集の日(10月10日)に、書いた本人も忘れていた「水の中のつぼみ」映画評へのアクセスが大分があってびっくり。検索エンジンの効果と言うべし。

さて、本作の話。舞台となる時代がよく解らないものの、服装や楽器(ピアノではなくチェンバロ)といった風俗からフランス革命より少し前であろうと推測できる。映画サイト等の情報でも確認できた。

女流画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)は、伯爵令嬢エロイーズ(アデル・エネル)の肖像画を描く為にブルターニュの孤島を訪れる。母親(ヴァレリア・ゴリノ)が自殺した姉の代りに嫁がせるミラノの貴族へ贈るつもりなのである。姉の二の舞を避けるべくマリアンヌは画家であることを伏せてエロイーズと交流を始めるが、時間が絶対的に少ない。
 やっと完成させた肖像画は、事実を打ち明けたエロイーズから否定的な感想をもたらされる。直後に母親が五日間家を空けることになり、その間に今度はきちんと向き合って掻くと共に、交流を深めていく。小間使いのソフィ(ルアナ・バイラミ)の堕胎の面倒を協力して見ることで関係はどんどん深まり、遂には同性愛の関係に入っていく。
 かくして、肖像画は二人共満足する出来栄えとして完成、彼女は島を去っていく。

終わってみれば女性同士の恋愛映画だが、設定が面白く序盤はなかなかサスペンスフル。
 序盤二人が歩く場面で、最初はマリアンヌによる主観ショット的にエロイーズの後姿を、次には逆の見せ方をするショットがある。つまり、画家が主人公であることと思い合わせた時、見る・見られるを通奏低音として描く内容であることを早くも予感させる。この辺りの映像言語の扱いが卓越している。
 オルフェウスの物語を交えて “振り返る” ことの意味を見たいか・見られたいかという視点に敷衍・転換していく脚本も鮮やかである。マリアンヌが振り返って白いドレス姿のエロイーズを見る終盤の場面で、この視点を総括する辺りも巧みと言うべし。

ただ、肝心の内容が僕には不満だ。同性愛にまで発展させたのは良いとして、肉体的接触を強調したのは余りに現代的で気に入らない。
 逆に、劇場でエロイーズがマリアンヌを見ることなしにヴィヴァルディの協奏曲「四季:夏」を泣きながら聴くのを、只管マリアンヌの主観ショット的に見せる幕切れの扱いは実に品が良い(ここでも見るという観点が貫かれている)。近代文学的な美しさ(例えばチェーホフのような品格)がある。

中盤にチェンバロで弾かれるのが「四季:夏」だったようだ。それに気づかないと、幕切れの効果が薄れてしまう。うっかりしちょりました。

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