映画評「羊飼いと風船」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2019年中国映画 監督ペマ・ツェテン
ネタバレあり

中国の一人っ子政策の弊害を被るチベット自治区の生活を綴ったドラマである。

チベットの草原で暮らす羊飼いの三世代家族。一人っ子政策に反して三人の子供を産んだドルマル(ソナム・ワンモ)は避妊したくても下の子供二人がコンドームを風船代わりにして困っている折、羊の肉を食べて精力満点の夫タルギェ(ジンバ)に臨まれる。
 休暇に入った長男を恋愛騒動に疲弊して尼僧になった妹(ヤンシク・ツォ)が連れて来る。
 そんな折夫の父が亡くなると共に、妊娠が判明する。彼女は子供たちを含めた家族の将来と一人っ子政策違反の罰金を考えて堕胎を考えるが、高僧から“父親はすぐに家族に転生する”と言われていた夫は許さず、町の診療所で堕胎に臨んでいた妻を止めに入って来る。
 父の裳が明けた妻は妹と共に寺へ赴く。父親は子供たちに頼まれた本当の風船を買って与えるが、一つはすぐに破裂し一つは大空に飛んで行く。

この幕切れはかなり象徴的な扱いなのだが、よく解らない。風船が赤いので、これは中華を表しているのだろうという意見もある。あるいはそうかもしれない。

思うに、この作品は中国の検閲を意識して主張をぼかした為に、静かな野趣を交えた詩情溢れる作品になったと言える反面、やはり曖昧な為に論理的に見ようとする左脳派には不満が残ってしまうところがままある。
 例えば、堕胎はしたのかしなかったのか? 逆に、寺に向かった妻のその後は描かなくて正解だったろう。これは余韻に繋がっている。

本作を理解するにおいて、転生というチベット仏教による古風な死生観が重要。
 邦題は一見詩的であるが、映画の序盤においてこれは相反する意味を持つ。“羊飼い”は生殖を、“風船”はコンドーム=避妊即ち反生殖を意味しよう。生殖を生業とする羊飼いの夫婦と子供を作らない尼僧(妹)も対立する概念だが、この流れの中で本作はチベット仏教の古い死生観と中国に政府による現代的な政策が一人の婦人に与える葛藤を打ち出す。
 この葛藤が辛うじて社会派映画的な扱いを感じさせるところで、同時に、老人の死を赤ん坊の誕生により寿ぐような、常識的な作りにも陥らせなかった。

チベットに関する基礎知識があったほうが楽しめると思う。

高校時代、歴史地図を見るのが好きで、吐蕃(とばん)というチベット人による広大な国があったのをよく憶えている。その前にほぼ同じ地域に吐谷渾(とやくこん)というもう少し小さな国?があったが、こちらはモンゴル系の鮮卑と同じルーツで、同じ吐という字から始まるが、チベット人とは何の関係もない。漢民族は中華以外の国や人にひどい漢字を当てていた。先の鮮卑もそうだが、邪馬台国にしても卑弥呼にしても、完全に見下した当て字だ。北狄(ほくてき)、東夷(とうい)、南蛮、西戎(せいじゅう)の、方位の後に続くのは全て野蛮人といった意味である。昔の日本人が大和朝廷に属さない北部の人を蝦夷と呼んだのは漢民族の真似。熊襲もその類だろう。

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