映画評「ある女優の不在」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2018年イラン=アメリカ合作映画 監督ジャファル・パナヒ
ネタバレあり

ジャファル・パナヒ監督の前作「人生タクシー」はメタフィクションとして非常に面白く観た。本作も前回同様監督が映画監督として出演もし、やはりメタフィクション的ではあるが、本作はドキュメンタリーとフィクションの中間を行く作品としてより強い印象を残す。

人気女優ベーナス・シャファリ(本人役)が、映画監督パナヒ(本人役)を運転手にイラン山岳地帯の村に向う。
 少女マルズィエ・レザエイが女優を目指して芸大に進もうとするが、家族に騙されてその進路を閉ざされ、絶望的な気分になり自殺するしかないと、首を吊るまでの動画をパナヒに送って来たという次第。彼女はベーナスに助けを求めてメール等を送ったが返事が来ないと言っている。
 この件を女優は全く知らないが、責任の一端を感じて撮影から離れ、それが事実かどうか確かめる為に向かうのである。結局少女は自殺せず、村で差別されている元女優の家に匿われていることが判って女優は一度は激高するが、倒れた牛が道を塞いで村に戻った後は冷静に対処する。

幕切れを見ると、家族の説得に成功したようである。

この作品の目的は結果を見せる為にあるのではない。イスラム教圏内はどこへ云っても多かれ少なかれそうであろうが、村に入った途端に、映像業界という特殊な世界にいる二人が感じる、排他的で男尊女卑の保守性、を見せることである。

女優は都会に住んでいるから、村の女性ほどそうした圧力を感じて来なかったのだろう、少女が自分を嵌めたと知った時は激怒するが、村で全く疎外されている元女優の家でコミュニケーションを持ったことで考えを変え、翌日少女を家に連れて行くのである。予想外に、頑固一徹と思われていた父親は、むやみに姉(妹のような気がするが)に罵詈雑言を吐く息子を外に出してシャットアウトする。
 ここで何が話されたのか全く解らないが、帰りの道で立ち往生状態になった車から降りて道を下る女優を少女が追いかけて、二人はそのまま道を進んでいく。ミニマルな作風で余分な描写や台詞はないが、解らないところはない。

パナヒ監督は、とにかく、「オフサイド・ガールズ」や「人生タクシー」で男尊女卑といったイスラム的な保守性や検閲等に見る権力の横暴を批判して来た人だから、これもそうした主張の一環と考えるのが妥当。
 村の老人が神のように慕う男優は帰国できず、パナヒは出国できないという台詞以上の意味を持つ台詞が重い。イランでは、国に逆らうとそういう目に遭う、ということだ。また、村人たちには気の良い人が多いが、どうも宗教による教条が絡むと別人のようになる。

イスラム圏が西洋や極東に追いつくには女性の解放が必要と思う。チュジニアは女性の権利が高いようだし、サウジアラビアも少しずつ女性の活動を広めつつある。それとは逆に、アメリカ軍が撤退すればアフガニスタンに再びタリバン政権ができ、また女性たちは夫や成長した男児がいないと文字通り食えない生活に戻らされる(女性は勉強してはいけない、働いてはいけない)可能性が高い。

日本の主流仏経には原理主義的なものはないが、原理主義はどの宗教でも良くない。これは世界各国の映画を観ると痛感する。

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