映画評「今宵、212号室で」

☆☆★(5点/10点満点中)
2019年フランス=ベルギー=ルクセンブルク合作映画 監督クリストフ・オノレ
ネタバレあり

昔のフランス恋愛映画はお話も面白く、演出も洒落ているものが多かったが、ヌーヴェル・ヴァーグ定着以降に作られた恋愛映画はどうも理屈が先行して余り面白くない。
 本作も超現実的内容を交えているのに洒落っ気が不足気味で、脚本も書いた監督クリストフ・オノレが狙ったほど、少なくとも、多くの日本人の感性には面白く映らないように感じられる。それは必ずしも作者のせいばかりではないが、映画評も理論だけでは語れないものでござる。

倦怠期の夫婦をめぐる、単純と言えば単純、複雑と言えば複雑なお話。

結婚して20年ほど経つ夫婦の妻マリア(キアラ・マストロヤンニ)が大学生の若いツバメと切れてアパートに帰って来る。その夫リシャール(バンジャマン・ビオレ)が妻の携帯電話の通信を読んで浮気をしていることに怒る。夫君は日本人的保守性を持つ男性で、夫婦関係を維持する潤滑油のような形で浮気を謳歌してきた妻は怒って家を出て、道路を挟んで向かいにあるホテルの212号室に泊まる。
 すると、何と結婚前後の若きリシャール(ヴァンサン・ラコスト)が現れる。そこへリシャールの昔の恋人を名乗る少年時代からの音楽教師イレーヌ(カミーユ・コッタン)も現れ、彼との成り行きを色々語り始める。さらに亡母が現れて彼女の浮気名簿を読み上げる。マリアは祖母が現れた瞬間にドアをシャットアウトする。
 しかし、さらに彼女の意志の具象化たる“脳内シャルル・アズナブール”が現れ、さらに彼女の前のツバメたちが全員出現、そこへ最後のツバメも現れる。

この辺りは時空間がデタラメになったファンタジーとしてゲラゲラ笑いながら楽しめば良いと思う一方で、心理学的に彼女の内部の葛藤を様々な人物に仮託しているのではないかと考えると些か萎える。彼女の内部であるならば “脳内シャルル・アズナブール”一人でも十分なのだから。

現在のイレーヌが現在のリシャールに会った後、若いリシャールが20年後の本人に会ったり、現在のイレーヌが未来のイレーヌ(キャロル・ブーケ)に会う段になると、完全にシュールレアリスムの世界である。左脳人間としてはルールが解らないのでどうも落ち着かない。ベテラン夫婦が喧嘩別れした為に夫婦愛の神様がこのような現象を二人に見せたのだろうという解釈が当たらずといえども遠からずという気にもなるが。

結局、次の朝に夫婦は道路で会い、何とかやり直すだろうというところで映画は終わる。

全体として、ファンタジー性を持たせながらも依然面倒臭い印象を抱かせるのが日本人には辛い。但し、開巻後のヌーヴェル・ヴァーグ(カイエ・デュ・シネマ派)のような感覚は非常に気に入った。

ルーム・ナンバーが212なのは、夫婦の権利と義務を規定するフランス家族法212条に由来するらしい。ヒロインは法学の教授。

キアラは、母親カトリーヌ・ドヌーヴより、目つきなど父親のマルチェッロ・マストロヤンニに似ている。僕が【スクリーン】を買い始めた頃はまだ生まれていなかった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント