映画評「月は上りぬ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1955年日本映画 監督・田中絹代
ネタバレあり

海外特に欧米では監督に進出する女優が少なくなく、グレタ・ガーウィグのようにクリント・イーストウッドのような大物監督になる才能を感じさせる人も出ているのに、日本では極めて少ない。名のある女優で、監督作を何本か発表したのは本作を第2作とする田中絹代くらいではあるまいか。
 小津安二郎と斎藤良輔の共同脚本を映画化したもので、必然的に開巻直後のエスタブリッシング・ショットや空ショットの使い方(前進移動する空ショットまである)等、小津のテクニックを踏襲している。但し、静寂性は小津ほど徹底していない。

奈良の旧家。父親・笠智衆を筆頭に、2年前に夫に死なれた長女・山根寿子、適齢期も過ぎかけている次女・杉葉子、元気いっぱいの三女・北原三枝、そして長女亡夫の弟らしい安井昌二(役名同じ)が、お寺で謡曲の練習をしている。
 居候に当たる安井氏を友人・三島耕が出張したついでに同家に訪れ、暫し宿泊することになる。彼が二番目の姉の詳細をよく憶えていることに気付いた三女は彼が姉を好いていると感じ、姉も同様ではないかと推測、二人のキューピッド役を勝手に買って出、義兄の安井と相談して計画を立てる、

それまで極めて小津調だったのがこの辺りで動きの激しい大衆ドラマ的な様相を呈し、それが本作を田中作品として特徴付けている。人はなかなか本音を打ち明けられないという人間観を見せるのもこの作品の目的で、彼らのキューピッド作戦が成功してからそれがはっきりしてくる。
 二人特に三女は、次女たちが心を率直に打ち明けられないのを揶揄するのであるが、実は慕情を寄せている義兄が就職で東京へ行くと決まってもうじうじしている次女は自ら言ったようには行かないことを自覚するのだ。

この二組のカップルの恋模様における彼らの隠微な心の動きを描き出しているのが殊勲で、相当上手く行っている。本作では小津の手本をなぞっただけという感がなきにしもあらずにしても、田中絹代は監督の才能があると思う。

気に入らないのは、65年くらい前でもいくら何でもと言いたくなる、男女観でござる。
 安井昌二が東京に一緒に行くと誓った姪に向って “可愛がってやる” と二回も言う。笠智衆の父親は未亡人の長女に再婚を勧め、かつその意思を無視して、 “(前夫が病弱だったので)今度は頑丈なのが良い” と言う。僕も総じて文化面では保守的であるが、さすがにここまで女性を馬鹿にした台詞は感心しない。

夏目漱石が I love you.を“月が綺麗ですね”と訳したという説がまことしやかに囁かれている。小津たちもそれを意識したのかもしれない。笑ってしまうくらい頻繁にこの映画の男女(特に男性)はこれかこれに類する言葉を吐くのである。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2021年06月04日 00:23
 いやー、これ最高でした!
グレタ・カーウィグ以上でしょう、田中絹代監督。
ジェネリック小津映画、なんて憎まれ口を利く人もいますが、全然そんなことない。
小津では、こんなにキュートで可愛らしいラブコメには絶対にならないし・・。
これ、ジェーン・オースティンの「エマ」入ってますね(笑)
あちらの影響を受けたのではなく、田中絹代の資質そのものがオースティン的といっていいでしょう・・。

一見文芸調の作品ですが、実はアクション映画に近いです。襖を開ける毎の次のアクションへの繋ぎ方も見事。
音楽も含めて小津の影響をひしひしと感じつつ、ジョン・フォードみたいな詩情もありますね。

女優としての田中絹代が魅力的に過ぎるので仕方ないですが、一定期間、監督に専念させてたら、イーストウッドみたいにホームラン連発したかも?

 五輪ですが、各国代表の先陣を切って、群馬の太田市に強豪の豪州ソフトボールチームが合宿の陣を張りましたが、監督のコメントの「規則を守り、ただただ練習に専念する」に僕は感動しました。

1か月半もの間、試合場とホテルの往復。もとより彼女たち(美人ぞろいです・笑)観光など頭の隅っこにもあろうはずがない。
3大会ぶりの五輪ソフト開催で、日本を破って悲願の金を取ることしかない・・。

誰のための五輪か?選手たちに決まっているでしょう。「五輪をやる意味はあるのか?」などと宣いてる尾身氏に、このコメントを聞かせてやりたいですね。


追伸です
アマゾンプライム無料作品 「三島由紀夫VS東大全共闘50年目の真実」面白いです!
69年当時の二十歳前後の青臭い観念的なロジックの若者らに、三島が終始、真摯に語り掛けるように、あやすように訴えます。
オカピー
2021年06月04日 18:21
浅野佑都さん、こんにちは。

>ジェネリック小津映画

悪口ですが、なかなか言い得て妙です^^

>ジェーン・オースティンの「エマ」入ってますね(笑)

そうですね。
 頼まれもしないのにキューピッドになり、自分の恋人も見つける。本作の場合、見つけるまでもなかったわけですけどね。

>ジョン・フォードみたいな詩情もありますね。

月夜の場面などなかなか良かった。正に夏目漱石の月ですよ。あの「良い月が出ていますね」の意味は紛うことなくI love Youでした。

>「五輪をやる意味はあるのか?」などと宣いてる尾身氏

それを言うならもっと早めに強く言って、政府の対策をもっと早く行わせるべきでした。感染症対策は早ければ効果が出るのも速い(早い)。
 専門家はとにかく大袈裟に言うところがありますから、国民は真に受けない方が良いですね。尤も、半数前後の国民が既に五輪反対に傾いていますが。

しかし、後遺症の責任を回避したい厚労省以上に、医師会が利益を優先してワクチンの特例承認に抵抗したらしい。去年の段階で既にアメリカで2000人以上の日本人のデータがあったのを無視し(日本人のデータが必要というまことしやかな嘘で)僅か百数十人のデータの為に三カ月近く接種開始が遅れた(「朝まで生テレビ」における医者を含む複数人による信憑性の高い情報)。
 三ヶ月早ければ、多分7月の段階で半数以上の人にワクチンが接種され、今回ほどの騒動にならなかったはず。
 これに関しては官邸が頑張って欲しかった。どうも、厚労省は官邸の言うことを聞かないことが多いらしい(官僚が官邸の顔色を伺っている省庁は実は一部らしいことも、あの番組で解りました)。

>「三島由紀夫VS東大全共闘50年目の真実」面白いです!

これは珍しく題名を知っていました。観てみます。
モカ
2021年06月04日 23:57
こんばんは。

こんな映画があったんですね! 懐かしい故郷の昔日の映像に胸が熱くなりました。
奈良が舞台といえばカンヌとかで受けがいい女性監督(名前を失念)ぐらいかと思いきや・・・
それにしても舞台は奈良ですが、徹底的に奈良的ではないというか・・・観光名所はいっぱいでてきますが。 
戦時中に疎開してきてそのまま居ついた設定とわかって、それなら許そうと思いましたけど。(笑)

あの辺に住んでたとしたら北原三枝は鼓阪小学校から若草中学やな、ええしゅの子やし国立か私立に行ったか?とか考えたりして。(私の学区ではありませんけど)
実際にあんなお嬢様が疎開してきたら虐められたやろな。そら奈良嫌いになるわな。
 
それにしても優雅な一家でしたね~ 大人の娘3人もいるのにおなごっさん(女衆さん)二人も使こて。 それも名前は呼び捨てで。 関西では使用人でも年長者には普通「お梅はん」みたいに呼びましたけどね。(松竹と日活では関西もんは無理か・・)

奈良公園をそんな靴やら下駄で無意識に歩いたら鹿の糞だらけになりまっせ~「月が綺麗ですね」とか言うてるけど足元糞だらけ(笑)とか、ツッコミどころ満載で面白かったです。
オカピー
2021年06月05日 20:53
モカさん、こんにちは。

>それにしても優雅な一家でしたね~

全く生活臭・生活感がないのが欠点だったかな。女性陣は働いていることをほのめかしていますが、男性陣は仕事は何もしていなかったなあ。

>奈良公園をそんな靴やら下駄で無意識に歩いたら鹿の糞だらけになりまっせ~

あははは。
 そういうのは地元の人ではないとなかなか気づかないですね。
 話が少し違いますが、地元と言えば、群馬弁を意図的に俳優に使わせるとどうも様にならない。方言とも言えないような方言ですが、それなりに色々ありますから。