映画評「ブルータル・ジャスティス」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年カナダ=イギリス=アメリカ合作映画 監督S・クレイグ・ザラー
ネタバレあり

メル・ギブスン主演で159分という大長編犯罪映画なのに、WOWOWでは雑魚(ざこ)扱いで危うく見落とすところだった。

出所したばかりの黒人青年トニー・キトルズが悪友マイケル・J・ホワイトに誘われ、ある犯罪に加担することになる。
 片や捜査で押し入った家での犯罪者への扱いが悪かったとしてベテラン警官ギブスンと相棒ヴィンス・ヴォーンは6週間の無給停職となる。特にギブスンは病気の妻と通学中に黒人の襲撃に頻繁に遭う娘を養う為に無給ではやりきれない。そこで旧悪を持つ実業家ウド・キアーを訪れ、白人トーマス・クレッチマンがモーテルの番号もない一室を占拠して何かをやらかそうとしているという特ダネを得る。
 ギブスンは、プロポーズをするか否か悩んでいるヴォーンを誘って、強盗か営利誘拐か何か判然としないがお金儲けに縁のある犯罪をやらかそうとしているクレッチマンとその仲間から大金を横取りするつもりなのだ。この犯罪に運転手と助手として加担するのが最初の黒人青年二人組である。
 ギブスンらが彼らを追ううち、その目的が銀行強盗と判明するが、自らの目的の為に犯行を阻止することはできない。しかし、多数の死者が出たことに二人は忸怩たる思いを禁じ得ない。
 最後は、二人と人質を取った犯人グループとの一騎打ちとなる。

このグループが主犯三人と黒人青年二人組との二つで構成されている為に分裂するのは予想が付くが、よく解らないのは、主犯三人が犯行後徹底して車から出ない理由である。これが解らないとグループ同士の殺し合いの積極的な意義を見出せない。今のところ断罪できる根拠がないので、疑問提示に留めておきます。

1960年代~80年代初めくらいのフランス犯罪映画のような非常にじっくりとした作りなので時にイライラする瞬間が出て来るが、こういう映画の作り方もあって良い。しかし、結局殺されてしまう女性行員の家族模様をあれほどじっくり描く必要はなく(本作は人間関係の映画でもあり、ギブスンやヴォーン同様に被害者に貴重な人生があったことを示すこと、犯人の非情さを強調する効果があることは理解するが)、他にも整理できそうなところがあって優に20分くらい短縮できる。僕のような忙しい人間にはもう少し短いと有難い。

個人的には、ポリ・コレ優勢で刑事がやりにくい時代であることを示す序盤が面白い。この間東京新聞に一方的に加害者とされがちな警官の立場を紹介する記事があったのと重なり、被害者側からばかり捉える風潮に異議を提示するような印象なのが、映画製作が息苦しくなっている時代にあって興味深いという次第。

その一方で、犯人グループのリーダーが差別主義的であることも垣間見え、全体として極めて現在的な映画という印象を残す。

現在犯罪映画のBGMはラップ系が目立つが、本作はオーソドックスなR&Bなのが却って新鮮。

現在のアメリカで警官が正体の解らない相手の妙な行動に対し銃を使うのはある程度理解できる。しかし、アメリカは憲法を改正してでも踏み込んだ銃規制をしないと銃による無辜の被害者は減らない。反規制派は防衛の為に必要と言うが、それにより守られる命より失われる命が多いのは明らか。彼等はテロに際して必要とも言うが、自爆テロや車の暴走テロに対して銃はほぼ無力である。

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