映画評「海の上のピアニスト イタリア完全版」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1998年イタリア映画 監督ジュゼッペ・トルナトーレ
ネタバレあり

僕の記憶では【スクリーン】誌でも【キネマ旬報】誌でもベスト10を逃した、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の不遇の秀作である。個人的には「ニュー・シネマ・パラダイス」に勝るとも劣らない秀作と思う。今回観たのは、前回より44分も長い169分のイタリア完全版なるバージョン。長くなってもたれるどころか益々面白く観た。

第二次大戦直後、数年前に引退したトランぺッターのマックス(プリーイット・テイラー・ヴィンス)が食い詰めて、古楽器屋に愛用のトランペットを売りに来る。最後に吹いた曲が店主が大きな関心を寄せているレコード原盤のもので、曲名を聞こうとし、マックスがその曲にまつわる逸話を語り始める。
 ここから時は1900年に遡り、大西洋航路の客船ヴァージニアン号で機関士がピアノの上に捨てられた赤ん坊を拾い、1900と名付け、大切に育てる。船から一歩も出ることなく成長した彼(ティム・ロス)はピアノの名人となり、やがて船の楽団に加わるマックスと友情を育んでいくことになるのである。
 1900にゆかりのあるピアノを掘り出した店主から、ヴァージニアン号が爆破されると聞き、1900が降りていない筈と慌てて港に向い、無理を通して艦内を探すのだが容易に見つからない。
 彼が船内で録音した唯一の録音であるかのレコードを聞かせれば出て来るだろうと、レコードと蓄音機を持ち出してダイナマイトでいっぱいの船内でかける。案の定1900は姿を見せるが、世の中は無限である為小さな存在である自分は有限の船から出ていくことはできぬと間もなく爆破される船に残る。

という骨格となるお話の着想が断然素晴らしく、紆余曲折の末に迎えるこの幕切れが非常に胸を打つ。
 その骨格を彩る枝葉のエピソードも卓抜した内容で、序盤のピアノが並みで揺れる船の中で動き回るユーモラスな場面、ピアノの決闘の手に汗を握る迫力満点の場面を経て、彼が一人のイタリア移民少女(メラニー・ティエリー)に愛を注いで即興でセレナーデを弾く詩情溢れるシークエンス・・・と続くわけで、一々素晴らしすぎる。

その少女の影響で、彼女が下りたニューヨークに彼も一度は降りようとするのだが、何を思ったか、彼はタラップの途中で引き返すのである。これが幕切れの彼の言葉の伏線となっている。

このファンタスティックであり詩情にも溢れるお話を、トルナトーレはカメラを縦横無尽に動かして、ダイナミックに見せ切っている。ブラボーと言うしかありますまい。画面で映画を観ることの多い僕には、セミ・ドキュメンタリーの余り画面をいじらない作品よりは、こういう映画のほうが好ましい。

勿論、エンニオ・モリコーネにより音楽も秀逸。

当時の欧米(日本も入るか?)評論家による評価は実力を考えると不当に低い。IMDbの8.1という平均評価が妥当と思う。本作に関する評価では、理屈っぽい批評家より一般の人のほうが見る目がある(あった)。

日本の場合は、本作公開が年末すぎたのが不利に働いた可能性がある。当時のキネ旬は対照が11月劇場公開作までだったし(翌年から暦と一致するようになった)。

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