映画評「ソング・トゥ・ソング」

☆☆(4点/10点満点中)
2017年アメリカ映画 監督テレンス・マリック
ネタバレあり

テレンス・マリックは30年間非常な寡作家であった。1973年のデビュー作「地獄の逃避行」の32年後に発表した「ニュー・ワールド」がやっと第4作である。ところが、どういう心境の変化か、2011年以降9年間で6作も作っている。多作ではないが、純文学タイプの作家としては少なくはない。「名もなき生涯」を観た二か月後に、それよりひとつ前の本作を観ることになったのに正直驚いているのである。

しかるに、前者はマリックとしては比較的解りやすい内容だったのに対し、今回はマリックとしても解りにくい。形而上的に難解というより(長いものを必要なところまで)カットしすぎて解りにくくなったのだと推測する。描かれている内容は割合単純なのである。

パティ・スミスなどのバックでサポート・メンバーとして演奏している美人ルーニー・マーラが、業界の大立者マイケル・ファスベンダーに言い寄られる。彼はウェイトレスのナタリー・ポートマンとも懇ろになっている。ルーニーはファスベンダーが契約している無名のアーティスト(Wikipediaによれば作詞家)ライアン・ゴズリングと親しくなり、彼が音楽を諦めて地元に戻ると、彼女も彼についていく。

というようにお話自体は何ということはないのだが、極めてコラージュ的でシーンの繋ぎが解りにくい。前半で既に知り合っているはずのルーニーとゴズリングが初めて出会う(ことを意味するらしい)場面が後半になって突然挿入される。オーソドックスな巻き戻しでもないので、1950年代の評論家がタイムスリップして見たら、編集の順番が間違っていると言うに違いない。

例によって広角レンズによる撮影。ロマンスにこのレンズは相応しくないだろうというのが第一印象であるが、逆に常に神を意識させる彼の撮影スタイルを前提に演繹的に考えると、このお話にマリックが神を絡ませていると思えないでもないわけである。実際に二回ほど神という単語が出て来る。
 具体的にどういうことかと言えば、その心は“運命”であろう。

解りにくい純文学映画を楽しまないわけではないが、スタンスを大衆映画に置いているので、本作は余り買えない。画面は美しいものの、お話との関係性においてこの画面を手放しで褒めるわけに行かないのは前述通り。

欧米には作詞家という概念が余りない。日本でコンポーザー=作曲家のイメージだが、欧米ではコンポーザーは作詞家を含む。数百人の音楽関係者によるポピュラー音楽の偉大なコンポーザーを選ぶ企画があり、その順位は3位ジョン・レノン、2位ポール・マッカートニー、1位ボブ・ディランであった。妥当な選出である一方、純粋に作曲能力を念頭に置く日本人が違和感を覚えるのは必定。しかし、西洋人はノーベル賞まで受賞したディランの作詞能力に重きを置いているのだ。日本なら2位ジョン、1位ポールとなるであろう。ディランは上位十人に入るだろうが、何位辺りに来るかは解らない。3位は多分スティーヴィー・ワンダーだろう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント