映画評「家族を想うとき」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2019年イギリス=フランス=ベルギー合作映画 監督ケン・ローチ
ネタバレあり

作り物の面白味はケン・ローチに求められない一方、このお話は対岸の火事ではないと強く認識する必要がある。

小学生の娘ライザ・ジェーン(ケイティ・プロクター)と高校生の息子セブ(リス・ストーン)を育成する為に母親アビー(デビー・ハニーウッド)が介護士としてハードワークをこなしている。
 父親リッキー(クリス・ヒッチェン)は転職の末に、フランチャイズ制の個人事業主として契約し、安くない車を買って働き始めるが、子供たち特に反抗期の息子の軽犯罪の為に仕事が妨害され、その度に雇い主(ロス・ブリュースター)に叱られ賠償金を払う羽目になる。難しい客もいるし、交通警官に違法駐車を咎められ、強盗に殴られるなど、周囲がこぞって自分を邪魔するようである。
 その結果家族間に軋轢が生じ、悪循環に陥っていく。

強盗に痛めつけられた重傷の体を押して主人公が朝まだき、心配する家族を振り切って仕事に出ていくところで終わるのは、映画的にカタルシスを求める大衆には不評だろうが、ローチの映画を好むファンであればさほど問題にはしないだろう。明確な終わり方をしないのは、現実の人生には死を別にすれば明快な終わり方がないと考えるに、ローチとしては英国の極めて普遍的なお話を見せるという意識の表れではないかと思う。

英国では70年代後半から始まる、自己責任に立脚する新自由主義の問題を浮き彫りにした作品である。最近資本主義が再び批判の的になっているが、厳密には資本主義ではなく新自由主義の問題と僕は考えている。
 日本でも一作年からだろうか、セブン・イレブンの24時間制に反旗を翻した店主とセブン・イレブンとの争いがニュースになっていて、東京新聞の記事を読む限りでは店主が気の毒になる。
 同新聞は、本作の主人公と同じ配達業者の問題もしばしば取り上げているが、要はフランチャイズ側は自分に都合の良い様々なルールに縛り付ける一方で、不都合の責任は概ねフランチャイジーのほうに押し付ける。そこには本作と全く同じ構図の問題があり、他人事ながら気の毒でたまらない。大企業が副業を認めるようになったのも、本来果たすべき自分達の責任を果たそうとしたくないというのが、本音であろう。

冒頭作り物の面白味は求められないと述べたが、その実、程良いドラマ性は配されていて割合娯楽性の高い作品になっている。事件性の匙加減が絶秒である為自然に観られるのが良い。

刑事映画以外で刑事が良く描かれることは余りないが、本作で万引きをしたセブを説教する警官には好感が持てる。それでもセブはなかなか反省しない。しかし彼も根は心優しき少年で、母親が夜に急に呼ばれた時に父親の車に全員が乗って行くというアイデアを出すのである。

父親の意地が家族に幸せをもたらすことを祈らざるにはいられない。

名ばかりの個人事業主。構造的にコロナにおける自粛・休業要請の問題に似てはいまいか? 要請通りにしないと罰則を適用すると言いながら、(意図的とは言わないまでも)十分な協力金を必要な時に支給しない。役人はどこの国でも杓子定規に行動するが、日本の役人くらい融通が利かないお国柄はない(正確には少ない)のではないか。

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