映画評「かもめ」(2018年)

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督マイケル・メイヤー
ネタバレあり

ロシアの作家の中でも特にご贔屓にしているアントン・チェーホフの四大戯曲の一つ。“喜劇”と名付けられた一種の悲劇である。日本劇場未公開作。

19世紀末のロシア。湖のそばにある邸で、作家志望の若者コンスタンチン(ビリー・ハウル)、時々帰って来る名女優の母イリーナ(アネット・ベニング)とその愛人たる作家ボリス(コリー・ストール)らが過ごしている。家の持主はイリーナの兄ソーリン氏(ブライアン・デネヒー)である。
 近所の娘マーシャ(エリザベス・モス)はコンスタンチンを恋しているが、彼が恋しているのは女優志願ニーナ(シアーシャ・ローナン)で、マーシャを恋しているのは教師メドヴェージェンコ氏(マイケル・ゼーゲン)。
 ニーナは女優としての出世願望がある為人気作家ボリスに接近、その為に彼に愛情を注いでいるイリーナは彼を連れてモスクワに帰ろうとする。コンスタンチンもまた彼が邪魔だが、彼の嫉妬は恋敵としてだけではなく、その作家としての人気にも向けられている。

という具合に全く噛み合わない幾人もが関わる恋愛感情関係が “喜劇” とチェーホフが名付けた所以であろうが、作品ムードは死に至る病(絶望)を患っている感のあるコンスタンチンのせいで全く沈鬱である。

2年後作家として小成功を得たコンスタンチンは、女優として地方巡業にくすぶっているニーナがボリスに捨てられたのをチャンスと期待している。折しも近くを巡業に訪れたニーナがやって来るが、甚だ追い込まれると同時に忍耐する力も得たらしい彼女からボリスへの変わらぬ愛情を告げられて絶望、猟銃自殺を遂げてしまう。

チェーホフの重点を置いているのはコンスタンチンではなくニーナ、絶望ではなく忍耐の末の希望である。映画からそこまで理解できるか些か疑問ではあるが、なかなか忠実な映画化と言える。

1971年に本国ソ連が忠実な映画化をしていて、日本でも人気のあったリュドミラ・サヴェーリェヴァがニーナを可憐に演じていた。あの作品より大分映画的にはなっているが、それでもまだ映画的感覚を得ているとは言い難い。
 チェーホフは舞台の為にこの戯曲を書いたのであるから、本当はもっと映画的になるように脚色しないと、舞台では人の出入りなどを生かして素晴らしい呼吸であるものが却って間が抜けたりする。舞台では緊張感のあるお話が映画では緩慢な動きのないお話に感じられてしまう。
 以上は一般論だが、この映画化版でもそういうものを感じずにはいられない。

ニーナが瞬間的に絶望的な気分で「私はかもめ」と言うが、その70年後くらいに女性初の宇宙飛行士ヴァレンチナ・テレシコヴァが連絡用符号として全く同じ言葉を放つ。

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