映画評「人間の時間」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり

キム・ギドクが昨年末コロナで亡くなった時日本のTVは殆ど報道しなかった。日本での知名度を考えれば仕方がないのかもしれないが、日本の映画ファンには彼が好きな人は多いし、僕も相当ご贔屓にしている。2010年代に入って形而上的な内容から離れた結果一時の勢いがなくなった印象があり、失望することも多かった。
 本作は、一般ファンには理解しにくいかつての作風に近く、それだけに個人的には悪くない印象を持つ。

軍艦を転用したクルーズ船に「愚か者の船」の如く色々な人々が乗り合わせている。と言っても本作は群像劇ではない。
 日本人のカップル藤井美菜とその恋人オダギリジョーや、一般の乗客たちは、次期大統領候補イ・ソンジェと息子チャン・グンソクが特別扱いしているのを批判する。艦長は彼らと食事をするが、ヤクザな連中を引っ張るボスのリュ・スンボムは腹に一物があって議員を親分扱いする。かくして出来上がるのは、一般乗客グループと議員グループの対立である。
 とは言っても、チャンは常に父親に批判的な紳士であるし、艦長も好んで議員を特別扱いしているわけではないだろう。
 こんな状況下で、乗客の中には娼婦らしきグループもあって酒池肉林的な様相を呈する一方、乗客の中でも反抗的な態度の目立つオダギリジョーはボスに殺されて船から投げ落とされる。その行為は議員に美菜嬢を提供する目的を兼ねていたから、彼らは次々と彼女を襲う。普段は紳士的なチャンも彼女が意識を失っているのに乗じて行為に及ぶ。

ここまでは非常識なまでに混沌としているが、現実的な世界である。しかるに、その言動や図式のステレオタイプなところに却って僕はこの序盤から非常に高い寓意性を感じた。ここに寓意性を感じなければ誠に安っぽい型通りの限界状況のお話にすぎず、この映画から得るところは何もないと言わざるを得ない。実際、映画はここから寓意性を強める。

明けた次の日、船は宇宙戦艦ヤマトになってしまうのである。つまり、海ではなく空を航行していることが判明する。人々は早速食料の心配を始める。するとイ議員は悪党の顔を表に出してヤクザを手下に食料の管理を始める。乗組員の抵抗も許さない。そうはさせじと乗組員や乗客たちは抵抗するが、暴力になすすべもない。
 空に浮かんだことで極限状況性が強まるわけだが、ここに少しずつ土を集めている老人アン・ソンギに美菜嬢は注目する。彼はヒナも飼っている。美菜嬢はそんなことでは食料にするのに時間がかかるではないかと老人に疑問を呈する。彼は無言で微笑むだけである。そして、彼は、誰の種か解らない子供を妊娠したことに気付いて子供を降ろすか自殺するかしようとする彼女を制止する。何度も制止されるうちに彼女も“繋ぐこと”に意味があることに気付く。

この映画において老人は神ではないかもしれないが、神もどきである。ヒロインはイヴもどき。神もどきの老人が消えた後、最後に残る議員の息子はアダムもどきのもどき。しかし、彼女は自分まで殺しかねない彼を殺して食料にもする一石二鳥を敢行。やがて膨らんだ西瓜の間に鶏卵を発見する。
 かくして死ぬ心配のなくなった彼女は子供と生き、やがて成長した子供に性欲の対象として追いかけられる。

「聖書」の内容を生物学的に考えれば、アダムとイヴの子供たちが近親相姦をやったことで人間は増えたわけだが、ここでは野良猫のように子供が母なるイヴに更なる子供を授ける運命である。だから彼女はイヴもどきなのである。

ギドクは現在の地球をこの船に仮託した。地球上は禄でもない人間ばかり、この映画の中盤以降に見るような生き馬の目を抜くようなサバイバルの世界でも、それを受容して人は生きて行かねばならないことを彼は示そうとしたのだろう。

寓意性を序盤のうちに感じるもう一つの理由は、日本人は日本語を、韓国人は韓国語を喋って互いに何の困惑も痛痒も感じないところで、老人に至ってはニコニコしているだけ。これは普通の映画ではないと思わせる次第。

“LGBTは種の保存に背く”と言った自民党議員は無知。科学技術というものがある現在、そんなことはないだろう。寧ろ人間種の保存に寄与するかもしれないよ。家系の保存には寄与しないかもしれないが、今時そんなものを有難がる人は殆どいまい。

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