映画評「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年フランス=ベルギー合作映画 監督フランソワ・オゾン
ネタバレあり

アメリカ映画「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)と同工異曲の実話ものである。違うのは、「スポットライト」は記者が公憤の立場からカトリック教会の神父による小児性愛を暴露し、こちらは被害者たちが自ら巨大なカトリック教会に対峙する、というアプローチの仕方である。従って、胸を締め付けられる度合いが大きいのは本作の方である。但し、たまたま実話の在り方が違った為であり、意図的な差ではない。

監督フランソワ・オゾンが扱うには少々珍しいタイプの作品だが、テーマは社会派的でありながら、その心理が重視されるところは、オゾンらしいところだろうか。

前回「スポットライト」でも書いたように、テーマ性が重要なこの手の作品では、お話の詳細は余り重要ではない。のだが、本作の人物配置が少々面白いので、それに絡めて簡単に紹介しておきましょう。

五人の子供を持つエリートのアレクサンドル(メルヴィル・プボー)が家族に少年時代のプレナ神父(ベルナール・ヴェルレー)による性的虐待を告白する。しかし、バルバラン枢機卿(フランソワ・マルトゥーレ)など教会の交渉係がおためごかし的な対応しかしない為、自分自身の事件は20年の時効を超えているものの告訴に踏み切る。
 警察の訪問に鼓舞されたのが時効前のフランソワ(ドニ・メノーシェ)で、ジルという青年と共に“被害者の会”をネットに創設する。
 彼らの活動に勇気づけられるのが重度のPTSDを示すエマニュエル(スワン・アルロー)。彼らとその家族たちが結束することで成果を見る。

この作品の面白いところは、アレクサンドル⇒フランソワ⇒エマニュエルという具合に話の主体がバトン形式のように繋いでいくところである。それも夫々が別の役割を負って出て来るのだから興味深い。

単なる小児性愛事件ではなく、その訴えの対象が大きな権威を持つカトリック教会であることから「スポットライト」に似て、個人の嗜好の問題だけではなく、国民の多くが信頼を寄せる為に生じる教会の隠蔽という問題が浮かび上がって来る。教会との関係において、少なくない国民がかかる事件を軽視するという問題が出、為に被害者が苦しむという悪循環がある。
 しかも、被害者の信仰度合いにより教会に対する態度も違うわけで、信心深いアレクサンドルはあくまで加害神父の地位剥奪に留めるので、事件により無神論者になって反教会的なフランソワやエマニュエルとは一枚岩になり切れないところもある。

映画製作の段階では裁判は進行中だっが、プレナ神父は懲役5年の刑が確定したらしい(フランス版ウィキペディアによる)。隠蔽をしたバルバランは一審で有罪になりながら二審で無罪となった。
 彼らの闘いは、小児性愛事件の時効が被害者が青年に達してから30年に延期されるという誠に喜ばしい成果を生み出す。世界中で反民主主義的な反動が出ている一方、人類が多くの人権面で進歩している・・・とホッとする話題と言うべし。

逆転無罪とは言え、一度有罪判決を受けた枢機卿の立場は落ち着かないだろう。

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