映画評「ポップ・スター」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督ブラディ・コーベット
ネタバレあり

二日続けてのナタリー・ポートマン主演映画で、こちらも評判が誠に悪い。
 色々な要因がありそうだが、幕切れにおける唐突な終わり方が結構大きな理由となっていると考える。大衆はもっと明確かつ主張のある幕切れを求めるのである。

2000年。13歳の少女エレステ(ラフィ・キャシディ)が学校で同級生による銃乱射事件で重傷を負う。負傷が完治しない中で教会で姉エレノア(ステイシー・マーティン)と協力して自作の歌を披露すると、これが評判を呼び、マネージャー(ジュード・ロウ)や広報担当ジョジー(ジェニファー・イーリー)が付いて大々的にポップスターとしてデビュー・アルバム製作に邁進する。その狙いは見事に当たって少女スターとして成功するが、大人社会の悪い面を早々に受けて純粋さを失っていく。
 2016年。人気に影をさしてきたエレステ(ナタリー・ポートマン)が人気挽回の為にデビュー地でのコンサートを敢行しようとする矢先、彼女の曲で被ったマスクを被ったテロリスト・グループが外国で無差別銃撃テロを起こす。強気を装うが、トラウマが蘇り苦悩して自暴自棄的な行動や他人への攻撃(口撃)が目立ち、憔悴する。やがて舞台に立つ時がやって来る。

ポピュラー音楽界スターの一種の悲劇を描いた1967年の英国映画「傷だらけのアイドル」と重なるところのある内容である。
 マスメディアにより作られるスターの虚像を主題にしたかの映画と違って、こちらの主題は華やかなポップ・スターの仮面の下に秘められたヒロインの苦悩である。恐らく彼女は、13歳の銃撃事件以来ずっとそのトラウマと闘い、大人になって不仲になっていく(とは言え)エレノアと二人三脚的にポップ・スターとして成功することで、そのトラウマの圧力に抵抗してきたのであろうと思う。

ヒロインに共感できないと言う人は、他人を慮る洞察力に欠けるのではないか?
 そもそも多くのドラマ映画は、そのままの姿で若しくはスタート時点で観客の共感を呼ぶような人物を主人公とはしない。何故ならそうした映画は、彼もしくは彼女が何か問題を抱え、それと闘い成長なり敗北なりするのを見せ、観客に考えさせるのを目的とするからである。その見た目の彼らの言動を自分の好感度だけで判断するなら、即ち、主人公の感心できないかもしれない言動に関して観客が何故彼らはこうした言動をするのか考えないなら、そうしたドラマ映画を観る必要はない。

本作にはヒロインがその精神の土台に持っていそうな宗教の扱いなど多分に消化不良の部分が多く(見た目以上に解釈しにくい作りになっていて)上出来とは言いかねるが、共感度だけで判断されたら作者に申し訳なさすぎる。

俳優ブラディ・コーベットの監督作品として長編第一作「シークレット・オブ・モンスター」と通底する内容だが、出来栄えは前作に及ばないだろう(採点上は同じ)。

40年くらい前に「ラジオ・スターの悲劇」という曲もありましたね。バグルズだったけか。

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