映画評「イーダ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2013年ポーランド=デンマーク=フランス=イギリス合作映画 監督パヴェウ・パヴリコフスキ
ネタバレあり

2014年度のアカデミー外国語映画賞を受賞したというポーランドのモノクロ映画。

1962年のポーランドが舞台。アドリアーノ・チェレンターノのイタリアン・ツイスト(こういう言い方が正式にあるかどうかは知らない)「24000回のキッス」が歌われるのを聞いた瞬間、個人的にもその辺りと見当がついた。ジョン・コルトレーンの名前を聞いてもそんな感じである。時代考証的に正確という印象を覚える。

修道院で育てられた戦争孤児の少女アンナ(アガタ・チュシェプホフスカ)が、誓願前に院長から唯一の肉親と言われた叔母ヴァンダ(アガタ・クレシャ)にその勧め通り会うことにする。叔母は、アンナは本名イーダというユダヤ人で戦時中に両親が殺されたと言い、姪を連れて両親を匿った(末に殺した)ポーランド人農家の家に向う。
 当事者にはなかなか会えないうちに、若いサックス奏者リス(ダヴィッド・オグロドニック)と出会い、彼が演奏するホテルに泊まる。やがて二人は匿った老人に会うが重病で入院中、実行犯であるその息子により彼女の息子の遺品が発掘され、一族の墓地に埋める。
 家に戻った伯母はあっさり自殺、修道院から戻ったアンナことイーダは叔母の生き方を追体験した後、再び修道院に戻るのである。

4:3のモノクロ映画でヒロインが修道女なので、どうしてもこの映画の背景となった頃に作られたポーランド映画「尼僧ヨアンナ」(1961年)を思い出させる(お話は全く違う)が、画面も内容も実に厳しい。二人がサックス奏者と交流する辺りの感覚は1950~60年代初めのポーランドのモノクロ映画を彷彿とする。

映画が与えてくれる情報が少なく、自殺を遂げる伯母や俗の生活を思い切り味わった後修道院に帰るイーダの心理が正確には解らないが、作品の狙いの把握を阻害するほどではない。
 主題は、俗から永遠に離れることを決意した少女の最後の青春を描くことである。その青春模様を綴るうちに、ナチスのユダヤ人迫害の非道を通奏低音に、直接の加害者をポーランド人にすることで、ソ連やドイツといった力のある隣国の犠牲になってきたポーランドの悲劇性を浮かび上がらせる作りになっているように思う。

社会主義国家としてのポーランドに住む人は、同時代の中国人よりは幸せだっただろう。中国人が流行歌を聴くのを禁じられたのに比べ、ポーランド人はイタリアン・ツイストもコルトレーンも自由に聴け、演奏できた。当時のどちらに行くかと言われれば当然ポーランドに行く。

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この記事へのコメント

モカ
2021年05月01日 11:47
こんにちは。

未だにシスターへの偏見を払拭しきれないのですがこの映画は観たかったです。 
今はアマゾンでもU-NEXTでも観られませんね。残念。

>当時のどちらに行くかと言われれば当然ポーランドに行く。

 確か私と同じ生まれ年の唐亜明の「ビートルズを知らなかった紅衛兵」を思い出しました。 
 つくづく中華人民共和国に生れなくてよかった、と思いました。とんでもない紅衛兵になっていたか台にのせられて自己批判させられ町中引き回されて下放されて・・・

 
オカピー
2021年05月01日 21:01
モカさん、こんにちは。

>未だにシスターへの偏見を払拭しきれない

???(笑)

>つくづく中華人民共和国に生れなくてよかった、と思いました。

ビートルズが聴けないという理由だけでも生まれたくない。
 国民が歌謡曲や外国の文化に触れると持たないような国ではダメだったちゅうのが、中国には解らなかった。
 今でも、アカデミー賞を受賞した中国出身の女性監督が国に批判的だというのを彼女の報道をしないように取り締まっているらしいですが、彼女は“中国のそういうところがダメだ”と言ったわけでしょ。自ら証明してどうする!