映画評「デッド・ドント・ダイ」

☆☆★(5点/10点満点中)
2019年アメリカ=スウェーデン=南アフリカ合作映画 監督ジム・ジャームッシュ
ネタバレあり

何作か前に「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013年)という吸血鬼映画を作っているので、この手の恐怖映画のパロディー作りにジム・ジャームッシュはかなり興味を持っているのだろう。と言うより上記吸血鬼映画で匂わせたテーマを明示したという感じである。それについて説明する前に簡単にストーリーをば。

舞台はのどかな田舎町。北極での開発の影響で地軸がずれ、様々な異常現象が起きる。
 その一つが、警察署長ビル・マーレイと巡査アダム・ドライヴァーもよく訪れるダイナーで起きる殺人事件である。肉体の損傷具合からドライヴァーは早々にゾンビの仕業であると推測、やがてそれが真実と判明し、町民は勿論彼らも屋内に閉じこもる。
 近所の葬儀屋を引き取った美人ティルダ・スウィントンは刀でうろうろしているゾンビをなで斬りし、やがて宇宙船で去っていく。マーレイとドライヴァーは遂にパトカーの外に出て、それぞれ猟銃と大刀で立ち向かっていく。

というお話で、サスペンスを眼目にしていないので怖くないゾンビ映画という言い方は当たっているが、ゾンビ化した人々がお菓子を、スマホを、ゲームを、ギターを、ファッションを求める様を連ねるのを見て“ははあ、こりゃ物質文明批判だわい” と思ううちに、最後に森で暮らしている変人トム・ウェイツに実際に “物質文明云々” と言わせている。
 見れば解るのに何と無粋な・・・と思うのも無粋で、どうもこれは古いゾンビ映画がおためごかし的に物質文明批判をしていたことへの皮肉も多少交じっている模様。

ところで、前記吸血鬼映画でジャームッシュは登場人物に人間を “ゾンビ” と形容させている。どうもこれは特にスマホやゲームに代表される物質文明の賜物に依存症的になっている人々を指していたのだと今となると思う。それを本作で具現化して見せたと考えて間違いない。
 しかし、それほど面白くないのはご愁傷さまで、終盤にマーレイとドライヴァーの二人に “脚本を事前に読んだ” “ジム(ジャームッシュ)も恩知らずな奴だ”と言わせるメタフィクション仕様も空振り気味。
 さすがのジャームッシュも若い時のように打てば本塁打、安打という感じではなくなってきた。

邦題に原題を持ち込む場合でも冠詞を省くケースが多い。しかし、本来形容詞しかないデッドのような単語の場合は定冠詞“ザ”がないと集合名詞化できず、意味が通じない。邦題のせいで間違った英語が広まったケースもあるので、気を付けた方が良いねえ。

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この記事へのコメント

2021年04月29日 10:26
いやー、おもしろくないですねえ。その淡々がいいのでしょうけど、ドラマティックなほう好きな私には、好んで見るものじゃありません。
とぼけたのは好きですが、あまりハマっていないようでしたし。

the についても、同じようなこと書いてました! 「デッド」と「ザ・デッド」じゃ違いますよねえ!
オカピー
2021年04月30日 14:13
ボーさん、こんにちは。

初期のおとぼけの作風は気に入りましたし、その後の作品も楽しめましたが、ここのところはどうもピンと来ません。

>「デッド」と「ザ・デッド」じゃ違いますよねえ!

さすが、ドッペルゲンガーのボーさんだけのことはある!(笑)