映画評「我輩はカモである」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1933年アメリカ映画 監督レオ・マッケリー
ネタバレあり

マルクス兄弟の代表作と目されるコメディー。昨年再鑑賞したルネ・クレール監督「最後の億萬長者」(1934年)に極めて似た設定と雰囲気で始まるので、あの映画をパロディーとして取り込んだのかと思って製作年度を見たら、どうも逆である。失礼しました。

この作品を初めて観たのは比較的最近で、1990年代だと思う。若い人にとっては生れた頃の昔だろうが、僕にとっては最近なのである。

自由をもじった国名を持つフリードニアは国家財政がひどく、富豪未亡人マーカレット・デュモントの財産を当てにしなければならない状態。その彼女は、援助の見返りに愛するグルーチョ・マルクスを首相にする条件を提示する。かくして首相になったグルーチョ氏は「最後の億萬長者」の行政長官(事実上の大統領)に匹敵するデタラメな規則を次々と作るが、それでも国民の人気は高い。
 隣国の大使ルイス・カルハーンはこの政変に乗じて国を乗っ取ろうとスパイを仕込ませるが、このスパイ二人が口は一切利かず何でもチョキチョキ切ってしまうハーポ・マルクスと忠誠心など持ち合わせていないチコ・マルクスだから珍騒動が巻き起こり、直情径行の首相と大使の口論から遂に戦争に発展する。

というお話で、序盤はグルーチョが例の如くマシンガン・トークで笑わせるが、日本人には彼の駄洒落や地口は解りにくく、笑い切れない。それでも翻訳氏は色々と工夫をしておりましたね。

映画がぐっとスラップスティックになってくるのは、ハーポとチコが出て来てからで、これがグルーチョと絡んで面白さが倍増する。バイクとサイドカーをめぐる笑いの繰り返しは日本のコメディーやコントに応用されていると思う。
 個人的に一番楽しめたのは、チコ扮するグルーチョが本物のグルーチョに合わせて鏡の動作をするところで、鏡の筈なのに二人が一回転する辺り馬鹿馬鹿しくて笑える。これが初めてかどうか知らないが、恐らくこの鏡のシーンに触発された喜劇人は多いはずで、日本のドリフターズがこんなコントを見せた記憶がある(僕は中学に上がる頃に可笑しく思えなくなって「8時だよ全員集合」から卒業したので、昨年コロナ死を遂げた志村けんのお笑いは殆ど知らない)。

全体としては、英国の「モンティ・パイソン」に近いアナーキーな笑いという印象で、当時勢力を拡大させつつあったファシズム風刺が根底にあるものの、脚本家たちは後年言われるほど或いは「最後の億萬長者」ほどには意識していなかった可能性がある。70分足らずと短いし、程々に楽しめる。

「吾輩は猫である」と漢字に違いがあるのがミソである。

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この記事へのコメント

2021年04月24日 20:41
これ、邦題がいいですよね。
私らの世代だと、一部でマルクス兄弟を異様に持ち上げる人たちがいたんですよ。チャップリンやキートンにくらべると知名度が低いせいもあるかもしれません。ロイドは、ジャッキーチェンやトム・クルーズがそのまま引き継いでるところがありますね。
わたしは、四人がどっと出そろって歌い出すところが大好きです。あれは盛り上がりました。
オカピー
2021年04月24日 22:01
nesskoさん、こんにちは。

>一部でマルクス兄弟を異様に持ち上げる人たちがいたんですよ。

映画サイトへの投稿にもそういう傾向がありますね。
しかし、グルーチョの可笑しさは日本人には解りにくいですし、スラップスティックスでは、チャップリン、キートン、ロイドほど体を張ったという感じはありませんよね。

>ロイドは、ジャッキーチェンやトム・クルーズがそのまま引き継いでる

そうですね。
その前のジャン=ポール・ベルモンドも。「リオの男」なんてジャッキー・チェンみたいです。

>四人がどっと出そろって歌い出すところが大好きです。

マルクス兄弟の変わっているところは、軽いミュージカル仕立てですかね。ハーポがハープを弾く場面がが出て来るルーティンもあしました。