映画評「誘惑」(1957年)

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1957年日本映画 監督・中平康
ネタバレあり

プライムビデオに加入させられた(笑)関係で、しかも、金欠の僕が無償のものしか見ないと知る常連投稿者たちから色々と紹介され、有難い。実際観ても優れた作品が多く、投稿の方々に感謝するばかり。
 この作品はほぼ同郷・同世代の浅野佑都さんから紹介された中平康監督の恋愛コメディー。中平監督はご贔屓ながら多作で知らない作品も多く、興味津々に観始める。

元画家の千田是也は現在、洋品店を経営し、その二階に貸し画廊を作り始める。そこに娘の左幸子の参加する工芸グループが最初に置かせてもらおうとする。資金が足りないので別の画家グループとの共催の形を取る腹づもりらしい。画家グループのマネージャー的な存在が葉山良治であり、一番有望な画家が安井昌二である。

序盤から中平監督の感性が唸り、僕もそれに唸る。
 工芸グループの一員である青年の祖母が生け花の先生で、横に並んでいる生徒たち(この生け花のグループに保険外交員・轟夕起子がいて、後で千田に接近する)を指導するちょっとした横移動のシークエンスでコミカルなフレームインを取り入れて楽しませた後、そこへ突然工芸グループの成す騒音が入って来る。これが工芸グループ登場の最初で、その呼吸が素晴らしい。

洋品店女性店員の渡辺美佐子は化粧っ気がなくて不愛想だが、そこへ画家の安井氏が左幸子のコネクションから道具を預けてくれと頼みに現れる。その時に“君は元が綺麗なのだから、化粧をすべきだ”と言って立ち去る。これに動かされた彼女は早速化粧を始め、愛想も良くなる。

これには店主の千田も自分に気があるのかと誤解する。そもそも最初に彼女のほうが雇い主が自分にプロポーズするつもりかと誤解していたのだが、それが嘘から出た実・・・にはならない。
 ともかく、相対する人物の内面モノローグが随時挿入され、特にその発言のずれで笑わせる、というのが作劇上の一大特徴である。

工芸グループの女性陣が論争を始める。最初にいびられた左幸子が飛び出て葉山が追いかける。これが二人の関係の馴れ初めとなる。極めてコメディー的なのは彼女をいじめた急先鋒の女性が今度は別の人間に責められて飛び出て、これを別の男性が追いかける。繰り返すことで可笑し味が出るわけである。

ここまでコミカルに大いに笑わせた来たところへ起承転結の転を完璧に担って、妙齢美人・芦川いずみが登場する。彼女は葉山の妹で、画廊の受付に雇うと娘が連れて来たのだが、実は千田氏の初恋の人の娘である。彼は余りにそっくりなので初恋の女性(芦川いずみ二役)の娘だろうと思い、やがて彼女も男性が亡母の元恋人と気づく。

打ち上げパーティーを終えた娘が彼女を家に連れて来る。夜中にうなされる彼女に気づき、千田氏は部屋に入り、思わず接吻をする。彼に接吻して貰いたかった母親の思いを知る彼女は寝たふりをして甘んじて受ける。
 実にロマンティックな場面であり、今ならセク・ハラと言われるだろうが、相手が嫌がらないのであればセク・ハラには当たるまい。彼女は男性として千田氏が好きなわけではない。母親の思いを実現させただけである。勘違いしていた人がいるので念の為。僕は実にフランス文学的な設定と思う。
 安井氏と渡辺美佐子、葉山氏と左幸子が結ばれるのがロマンティック・コメディーとしての結論であるが、僕にとってハイライトは、娘が亡母の思いを成就させる、この打ち上げの夜のシークエンスである。

フランスと言えば、これは中平版「巴里祭」(1932年)でありましょうか。洋品店の向かいに殿山泰司経営の喫茶店があり、この二軒の店をめぐるカメラの扱いがそれを思い出させるのだ。以下の場面が特に良い。
 左幸子と葉山が喫茶店に入るのを画廊から俯瞰で捉え、画面を引いていくと千田氏とすっかり美人になった渡辺美佐子が何やら仕事をしている様子がフレームインする。そこから葉山カップルが二階に上る様子が見える。そこでカットが喫茶店の二階に切り替わり、向うに画廊で仕事をしている二人が見える。カメラは一旦ズームアウトし、葉山カップルが話を始めると今度は解らない程度に極めてゆっくりズームインしていく。誠に鮮やかと言うべし。
 この建物二軒を挟むカメラの使い方は、まるで建物越しにヒロインのアナベラを捉える「巴里祭」の感覚を思い出させるではないか。「狂った果実」のヌーヴェル・ヴァーグに先行する感覚は、古いフランス映画に関する理解で支えられたものなのかもしれない。

伊藤整の同名小説を原作とする内容も軽味があって良いが、カメラで映画を観るのがお好きな方にお薦めしたい。

恋愛コメディーとしてはエルンスト・ルビッチの感覚もあり、従ってビリー・ワイルダー的でもある。伊藤整の小説は硬質のイメージがあるが、原作となった同名小説は映画と同じように軽妙なのかな。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2021年02月04日 17:11
 うーん、僕が中平康ファンで、お勧めしたから言うわけじゃないですが、この作品初見で、これだけの質と適度な量の映画評書ける人って、そうはいませんよ!
日本人の映画ファンは、この映画みたいに、アチャラカ、スラップスティックとは一線を画す、喜劇役者が一人も出てこないラブコメが苦手な人が多いと思いませんか?

申し訳ないけれど、批評家を含む多くのレビューは、作品を味わうところまでいっていないものが多いし、良い評価しているものも、具体的に何を褒めていいのかわからずに、苦しまぐれに「左幸子が良い味出してる・・」なんてのがプロにも多いデス(笑)

 まあ、筒井康隆が言うように、もともと、テーマや社会性を重視しすぎる日本の評論家は、この手の作品に否定的ですし、文学界でも似たような状況ですね(やれ、「テクニックよりも情念」云々と・・。

まあ、僕の駄文などどうでもいいですが、補足するならば、この監督のセンスとモノクロのマッチングの良さでしょうね・・。
美術担当が、実際に人が住めるほど丁寧に作ったという銀座通りのセットと、千田是也の洋品店の入り口ギンガムチェックタイルのシャープで美しいこと・・。

僕の好きなのは、渡辺美佐子(可愛い!オードリー・ヘップバーンを日本人の田舎娘にしたらこんな感じか?)の服にシラミを発見した下宿のおばさんが、騒然となり、処理に困って夫の浜村純の周囲をグルグル回り、最終的には夫の手元にあった新聞をビリッと破り、シラミを包んでマッチで火を点けてしまう。

唖然とした表情で妻の手元を凝視していた夫が、最後に燃える新聞紙を徐に手にとって煙草に火を点けるというオチですね。

娘で作家の中平まみによれば。才人でダンディだった中平は、同じくダンディで自分がメガホンを取った「砂の上の植物群」の作者である、吉行淳之介と仲が良かったそうです。そういえばお二人とも面相が似ていますね。
オカピー
2021年02月04日 22:20
浅野佑都さん、こんにちは。

>日本人の映画ファンは、この映画みたいに・・・
>喜劇役者が一人も出てこないラブコメが苦手な人が多いと思いませんか?

思います。
例えば、ルビッチの精神が解る人は少ないと思います。

>筒井康隆が言うように、もともと、テーマや社会性を重視しすぎる
>日本の評論家

筒井氏がそんなことを仰っていますか?
僕はそうした批評に批判的ですから、我が意を得たりです。

>この監督のセンスとモノクロのマッチングの良さでしょうね・・。

感覚がシャープな監督のシャープさをカラーは殺ぐような気がします。僕の印象では、ベルイマンなんかもそのタイプです。

>渡辺美佐子(可愛い!オードリー・ヘップバーンを日本人の田舎娘にしたらこんな感じか?

髪型を変えた時など、その勘が強いですね。意識していると思いました。

>吉行淳之介と仲が良かったそうです。そういえばお二人とも面相が似ていますね。

面長でね。
「砂の上の植物群」は小説も映画も[割合好きです。小説を読んだのが後ですので、それを踏まえて映画版を改めて見てみたいですね。