映画評「象は静かに座っている」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2018年中国映画 監督フー・ポー
ネタバレあり

近年相対的に映画後進国であった国から超長尺映画が相次いで紹介されている。フィリピンのラヴ・ディアス(僕の観た「立ち去った女」は228分あるが、この監督としては短い部類らしい)、中国出身のドキュメンタリー作家ワン・ピン(「鉄西区」は9時間、新作「死霊魂」8時間を超える)、ハンガリーのタル・ベーラ(「サタンタンゴ」は7時間超)など。
 かつてのソ連製四部作「戦争と平和」、我が邦の三部作「人間の条件」なども連続して観ればかなり長いが、通常は別映画としてカウントする。

この中国映画は、フー・ボーという29歳の監督が作った234分の長尺映画である。が、関係者を含めて否定的な意見があったせいか、完成後に自殺してしまったらしい。惜しむべし。

閉校が決まっている高校の生徒ポン・ユーチャンが、携帯電話を盗んだとの嫌疑をかけられた友人を庇って、言いがかりを付けて来る同校生を押す。彼は階段を落下して重体に陥る(最終的に死ぬ)。
 彼が好いているらしい同級の女生徒ワン・ユーウェンは、酒癖が悪くだらしない母親を嫌って、学校の副主任と交流している。相談相手程度で深い仲ではないらしい。しかし、その様子をネットにアップされた副主任は新しい仕事の口を閉ざされるため絶望する。押しかけて来た夫婦を少女はバットで昏倒させる。
 少年の隣に住む老人リー・ツォンシーは、娘夫婦に老人ホームに追いやられるようとしているある日、愛犬を別の犬にかみ殺され絶望を深める。
 ボンが負傷させた少年の兄チャン・ユーはブルジョワの息子のくせにチンピラの親分を気取っている。恋人が付き合ってくれない腹いせに友人の妻と過ごし、それを知った友人は飛び降り自殺してしまう。彼は弟を殺したポン君にその目指す満州里への切符を買ってやる。

舞台となるのはさびれた石炭地帯・石家荘市セイケイ県(中国では市の中に県がある)で、日本の佐藤泰志が函館市をモデルに作り出した海炭市のように極めて鬱屈したムードである。
 しかし、重点を置いて取り上げるのは4人とぐっと狭く、その分一人にかける時間は長く、映画ではなく実際の時間と同じようなテンポで一場面は続く。という次第で画面に変化が少なく、退屈と言えば退屈だがその悠揚迫らぬところに凄味がある。

これらの4人は(最終的にはチャンを除いて)、座ったまま動かない象を観に、約束の地ででもあるかのように満州里を目指す。象はアルフレッド・ヒッチコックの言うマクガフィンのように、或いはゴドーのように決して画面に現れず、終始家族から或いは社会から疎外された意識を禁じ得ず、厭世観に身動きが取れなくなっている4人の希望の光のように象徴的に扱われるのである。

タル・ベーラ監督に私淑していたらしいフー・ボーという監督はハンディ・カメラで終始人物を追いかける。前面から捉えることもあるが、8割方は背面から捉える。この扱いは、寧ろ同じくハンガリー出身のネメシュ・ラースローに似ている。ということは、三段論法的に言えば、ネメシュも20歳以上年上のタル・ベーラに傾倒しているのだと思う。

大型生物シリーズその2でした。

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