映画評「みかんの丘」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2013年エストニア=ジョージア合作映画 監督ザザ・ウルシャゼ
ネタバレあり

大分前に個人用の映画メモを転載した「ノー・マンズ・ランド」(2003年)へのコメントで常連のモカさんが教えてくれ、おかげでプライムビデオ無償期限直前に観ることが出来た。
 今世紀に入ってから新作情報を漁ることもなく、WOWOWのパンフレットによりおよそ1年遅れで知ることが多くなった。よってWOWOWに登場しない場合、映画祭等で話題になっても知らないことが多い。
 本作は2014年度のアカデミー外国語映画賞の候補になっているし、ジャンル映画が割合強いIMDbベスト250にかつかつに入っている。アカデミー賞絡みの話題でアメリカで観た人が多いのだろう(IMDbのベスト250は以前より票数ラインがぐっと厳しくなって、投票の少ない日本映画は評価自体が高くても、なかなか絡めない)。

ある人によれば、時代背景は1989年ということ。すると、この映画が描く戦争は、グルジア(当時はまだジョージアと言っていない)がソ連から独立する際にアブハジア自治共和国を合併しようとし、それにアブハジア人が抵抗して起きた紛争ということになる。

自治共和国の近くにエストニア人の部落がある。ソ連末らしく、他のエストニア人が帰国する中、マルゴス(エルモ・ヌガネン)は相変わらずミカン畑を営み、隣人のイヴォ(レンビット・ウルフサク)はミカンを入れる木箱を作るのを仕事としている。マルゴスは収穫の為にアブハジア軍の援助を期待している。
 そんな折、グルジア兵士とアブハジアの味方として派遣されたチェチェン人傭兵との間で交戦が起き、互いに一人ずつ生き残る。イヴォは最初にチェチェン人のアハメド(ギオルギ・ナカシゼ)を、半日ほど遅れてグルジア人ニカ(ミハイル・メスヒ)を助け、自宅で療養させる。
 アハメドはまだ昏睡しているニカに目を剥き、覚醒した後二人は批判を繰り返す。イヴォはこの家にいる限り殺させはしないと、元気の良いアハメドに釘を刺す。
 誠実な彼が約束を守るうち、衝突を繰り返すもそれはデクレッシェンドし、やがて二人の間に人種・民族・宗教を超えた同舟の意識が芽生えて来る。
 かくして様子を探りに来たロシア人一派が味方にもかかわらずアハメドを撃とうとすると、ニカがロシア人を射撃、激しい抗争の間にマルゴスが流れ弾に当たって死に、全員仕留めたと思って油断したニカも射殺されてしまう。
 みかんの丘にマルゴスを埋めた後、イヴォはニカをグルジア人に殺された息子の隣に埋める。アハメドは悄然として去っていく。

「ノー・マンズ・ランド」同様に特殊なシチュエーションを設けて、人間を実験台に乗せる。第三者的なエストニア人の家で、闘うことを禁じられた戦争当事者が対峙する。ここで起きる化学反応は、民族を超えた一人一人の人間への尊厳の発生である。
 平均的なアーリア人と平均的なユダヤ人とは確かに区別できる。しかし、アーリア人と区別できないユダヤ人、或いはたまたまユダヤ人に似ているアーリア人もいる。僕はナチスのホロコースト絡みの映画を観る時、その程度の違いに過ぎないことで(外見から差別が始まったわけではないにしても)何百万もの人が殺されたことに何ともやりきれない思いをしてきた。
 この映画でも、ロシア人もアブハジア人も、アハメドとニカにおいて民族が違うかどうか全く区別できない。国家主義や民族主義は大義名分上は立派でも、その程度の違いであり、煎じ詰めれば、かかる主義を成り立たせているのは損得勘定に過ぎないことが解って来る(民族主義はそう単純に割り切れないところがあるが、話を簡単にしたいのでそこは無視する)。

大事なのは人間一人一人であり、国家や民族ではないのだ。本作は、しかし、悲劇に当面して孤高の人格を築き上げて来た老人を観照的に描くのみで、声高に戦争の悪を訴えようとしない。その態度に却って我々鑑賞者は、戦う必要のない者同士が戦う馬鹿馬鹿しさを強く意識せざるを得ないのである。

田中将大が日本球界へ復帰した。それとは違う意味で昨年試合がない夏まで日本に戻っていた。トランプの発言をベース(それだけではないだろうが)に中国人への憎悪が醸成され、その結果中国系ではなくてもアジア系住民への危害が増加している。帰国した時の田中の発言には彼もしくは彼の家族に危害が加えられかけたことが伺えた。WHOの調査にまともに協力しようとしない(と報道される)中国も相変わらず二流国だが。

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この記事へのコメント

モカ
2021年02月23日 22:50
こんばんは。

>「ノー・マンズ・ランド」同様に特殊なシチュエーションを設けて、人間を実験台に乗せる。第三者的なエストニア人の家で、闘うことを禁じられた戦争当事者が対峙する。ここで起きる化学反応は、民族を超えた一人一人の人間への尊厳の発生である。

 的確にまとめてくださってありがとうございます。
 イヴォ老が敵味方関係なく死んだ人を埋葬する、或いは手負いの人を介抱する姿に人間の尊厳の基本を感じました。
 イヴォのそういう姿勢があったからこそあの二人も人間性を取り戻すことができたのでしょうね。
 見事に男しか出てこない映画でしたが、唯一の孫娘の写真が効いてましたね。殺すか殺されるかの修羅場なのについつい可愛い女の子の写真が気になるという・・
 
 以前関西のローカル番組だと思いますが、関ヶ原の戦場跡付近の供養塔を取材している番組を観ました。 戦場には負けた西軍の遺体が累々と残っていて、身内の人達も負け戦故に夜陰に紛れて探しにくるくらいしかできなかったようです。
 それで地元の人達が埋葬して供養したらしく、今でも家の庭に簡単な石積みですが供養塔があってお世話をされておられる家を紹介していました。
 祟りを恐れて、という事もあったとは思いますが「弔い」というのは人間の基本だなぁと思いました。

 あの蜜柑はオレンジ系ではなくて温州蜜柑系でしたね。
 「蜜柑」がキーワードかもしれません。 芥川の「蜜柑」同様に蜜柑の黄色は暖かい心の象徴のように感じました。
 
 
 
オカピー
2021年02月24日 20:29
モカさん、こんにちは。

>的確にまとめてくださってありがとうございます。

恐縮です。
何とかまとまったようです^^v

こちらこそ良い作品を紹介してくれて有難うございます。

> イヴォのそういう姿勢があったからこそあの二人も人間性を取り戻すことができたのでしょうね。

そう思います。

>「弔い」というのは人間の基本だなぁと思いました。

十年以上前、ネアンデルタール人が死者に花を供えていたことが判ったというニュースを耳にしました。
 僕らの子供頃はネアンデルタール人は旧人と言われ、今の人間とは大分違うと思われていましたが、最近は新人クロマニヨン人とも共存していた時代があり、僕らのイメージより現代人に近いことが判ってきました。今の北欧の人たちに似ているようです。
 日本人は、ネアンデルタール人の遺伝子が5%くらいあるようです。
モカ
2021年02月25日 17:34
こんにちは。

墓穴から助け出されたグルジア人がイヴォの孫娘の写真を何度も見ているところをイヴォに咎められますが、セリフの少ないこの映画のなかでのあのシーンの意味合いがいまいち不明でした。 昨日ふと思いついたのですが、あれは最後に明かされる事実への伏線だったのかもしれませんね。
助けはしたけれどもグルジア人への警戒心は持っていて、ひょっとして孫娘とどこかで良くない接点があったのかもしれないと心配になったんじゃないかと思いました。
彼が修理していたカセットテープが黄色かったのもみかんに通じていて、チェチェン人がそのテープをデッキに入れて帰っていくシーンにジーンとしました。

余談ですが、1月のアメリカの国会議事堂襲撃事件の際にジョージアの州旗のつもりがグルジアの旗をふっている連中がいたとか。
ネットショッピングで州旗を買ったらジョージア違いだったという(笑)どんな旗かも知らんのに俄か何とかで旗を買う旗坊達。

ネアンデルタール人は新人よりも体も大きくて屈強だったのに却ってそれが災いしたようですね。強いので獲物をしとめるのも一人か少人数でできてしまい家族単位で生活していたようで、それに比べて新人は体も小さかったので大勢で助け合わなければならないし狩りの道具も考えださないといけなかったのが、進化を促したとか。 わからんもんですなぁ・・・
オカピー
2021年02月25日 21:08
モカさん、こんにちは。

>ひょっとして孫娘とどこかで良くない接点があったのかもしれないと

世間は狭いですからね。

>どんな旗かも知らんのに俄か何とかで旗を買う旗坊達。

ハタボーダジョー(笑)
 ビートルズも「バック・イン・ザ・USSR」で、Georgia is always on my mind とアメリカの名曲と持ち出して、グルジアとジョージアを掛けていましたね。

>ネアンデルタール人は新人よりも体も大きくて屈強だったのに却ってそれが災いしたようですね。

そうなんです。
 淘汰説と言うと強いものが残ると信じられているフシがありますが、そうではなく、残るように進化するんですよね。それが起こるのはその時に一番強いものではなく、弱者たち。強者は何もしないので滅びてしまう。
 猿は色彩を感じることができ、赤い実を採ることが出来て生き延びたと言われていますね。