映画評「存在のない子供たち」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
2018年レバノン=フランス合作映画 監督ナディーン・ラバキー
ネタバレあり

ナディーン・ラバキーというレバノンの女性監督は「キャラメル」という秀作で注目したが、今回は映画技術的にどうのこうの言うより、半世紀前に「アルジェの戦い」(1966年)で経験したようなドキュメンタリー的衝撃がある。

レバノン。ある貧乏一家の12歳くらい(この表現が重要、後述する)の長男ゼイン(ゼイン・アル・ラフィーア)が、すぐ下の妹がイスラム式に無理やりに結婚させられたのに怒って家を出、1歳くらいの子供を持つ不法滞在のエチオピア女性ラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)と出会い、子供の面倒を見ることで一緒に住まわせてもらう。
 しかし、町に出ている間にラヒルが不法滞在の容疑で拘引され、ゼインは赤子を連れて町を彷徨し何とか食わなければならなくなる。策が付きて子供を里親に出すというラヒルの知り合いの男に子供を差し出し、外国への脱出を考え出す。
 その為には証明書の類が必要なので家に戻る。家に戻って解ったのは、一家には一切の証明書がなく、加えて、強制的に結婚させられた幼い妹が妊娠の経過が悪くて死んでしまったことである。
 これに怒ったゼインは妹の夫を刺す。少年刑務所の中から彼は、両親を“育てられないのに生んだこと”の罪で訴える。

というお話で、映画はその裁判から始まり、回想というか巻き戻しの形で物語を進行させる。これが映画的な工夫と言うべきところで、それ以外は内容に関心が占められる。即ち、レバノンの下層階級の一部と難民もしくは不法滞在者の問題にぐっと胸をえぐられるのである。
 彼らに共通するのは、証明書のないこと、つまり法律上は非存在という問題である(少年の年齢が曖昧なのはそれ故)。少年の妹が死んだのも、証明書がない為に病院で拒絶されたからで、ゼインの怒りは無理やり結婚を強要したその夫や両親に向うが、女性監督の怒りはそれ以上にそれを許す若しくは引き起こす社会に向けられる。

自分達は殆ど無関係なのに、日本の一部保守は難民たちを批判するが、批判すべきは難民ではなくそれを引き起こす彼らの母国であるのは自明。全体主義者は個人を責め、国家を責めないという傾向がある。国家至上の考えがあるからであろう。誠に良くない。保守の風上にも置けない。

閑話休題。
 とにかく、良識のある観客であれば、物語が力強く進行するに連れ、胸がつまり義憤にかられ、問題解決を何とか望みたくなるはずである。
 レバノンはキリスト教徒と共存することもあって、他の国家に比べるとイスラム教徒の自由度は高いが、それでも女性や子供への抑圧が認められ、イスラム圏全体の人権問題は是非解決しなければならないとつくづく思わされる。暫くはやって来ないだろうが、これが解決するような時代であれば、イスラム・テロリストもいなくなると思うのだ。

実は日本にも、数は少ないが、存在のない日本人の子供たちがいる。

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この記事へのコメント

モカ
2021年02月01日 20:06
こんばんは。

>半世紀前に「アルジェの戦い」(1966年)で経験したようなドキュメンタリー的衝撃がある。

 「アルジェの戦い」は「その時歴史は動いた」的(?)というか歴史的転換点に居合わせてしまったような臨場感がありましたが、こちらは出口の見えない閉塞感のある社会の中でもがいている人間を見ているようでやりきれない臨場感がありました。

 少年役の子は実際シリア難民だったそうですね。
演技しているんでしょうが、表情一つとってもリアリティーがありました。幸い彼はノルウェーに移住できたようです。

 そこで思い出すのがこの手の子供の映画の金字塔ともいえる
カネフスキーの「動くな、死ね、甦れ!」のあの少年やゴバディの「亀も空を飛ぶ」のクルド難民の少年少女達です。
 
オカピー
2021年02月02日 17:20
モカさん、こんにちは。

>歴史的転換点に居合わせてしまったような臨場感がありましたが、
>こちらは出口の見えない閉塞感のある社会の中でもがいている人間を
>見ているようでやりきれない臨場感がありました。

作り物にはなかなか表現できない迫力があるという意味で両者を並べましたが、より具体的に言えば、正にモカさんの表現がピッタリですね。

>幸い彼はノルウェーに移住できたようです。

映画を地で行く話。しかし、良かったですね。

>カネフスキーの「動くな、死ね、甦れ!」のあの少年や
>ゴバディの「亀も空を飛ぶ」のクルド難民の少年少女達です。

むむっ。恥ずかしながらどちらも観ていないであります。
早速図書館サイトへ行って調べたところ、「亀も空を飛ぶ」はDVDで、「動くな、死ね、甦れ!」は残念ながらVHSで観られるようです。これは是非借りなければ。
モカ
2021年02月03日 17:25
こんにちは。

監督のナディーン・ラバキーは女優でもあるんですね。
U-NEXTはキャストのところで見ていくと彼らの関わった作品でU-NEXTにアップされているものがでてくるので興味のある人に関しては次々観てしまいます。
本作では監督兼少年の弁護士役でしたが、昨夜は「歌声にのった少年」を観ました。でも何の役だったのか分からなかったです・・多分お世話係のお姉さんだと思いますけど。
(中東美人はそうでなくても顔が濃ゆいのにバッチリメイクされたら見分けがつかんのです)
 アマゾンではまだ無償ではないですけれど、チャンスがあればこちらもどうぞ。

 
オカピー
2021年02月03日 21:58
モカさん、こんにちは。

>監督のナディーン・ラバキーは女優でもあるんですね。

初めて観た監督作「キャラメル」では主演していました。観たのは、本作とこの二作だけかな?

>「歌声にのった少年」

WOWOWには出ると良いのですがねえ。
あっ、図書館にDVDがありました。忘れないうちに観ないと。