映画評「男はつらいよ お帰り 寅さん」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

1969年に第1作が製作され、95年の第48作「紅の花」の後、「ハイビスカスの花 特別編」(1997年)という本作のアイデアの基になったような再編集版を経て、22年ぶりに新作が作られた。50周年と第50作というのも実に区切りが良い。

当然新しい渥美清は出て来ないが、回想による旧作のシーンの形で、あるいは旧作の映像から切り取った幻影シーンで三か所ほど出て来る。

「紅の花」から25年後、中年になった満男(吉岡秀隆)は、「ALWAYS 三丁目の夕日」の主人公が憑依したかの如く、サラリーマンから作家に転身してサイン会が出来るほどの小成功を収めている。細君は6年前に亡くなって高校生の娘ユリ(桜田ひより)と二人暮らしである。
 七回忌の後に迎えたサイン会に、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で働く初恋の人・泉(後藤久美子)が訪れ、久しぶりの再会を果たすと、彼女が先の長くないらしい父親(橋爪功)を施設に訪ねるのに協力する。浮気を理由に離婚した母親(夏木マリ)も絡む、実に訳ありの親子である。
 ぎこちない再会を終えた泉は翌日欧州に戻る飛行機上の人となるが、その前に満男は泉の心情に配慮して黙っていた妻の病死を告げる。彼の優しさに揺すぶられる感情を抑えて彼女は去っていく。直後、彼は「お帰り寅さん」という新しい小説に取り掛かることを編集員(池脇千鶴)に告げる。

寅さんに親しんできた諸氏諸嬢は涙なしに見ることはできないであろう。ゴクミシリーズとも言われたシリーズ最終数作に似て、寅さんの出て来る場面は多くない。しかるに、映画はその出番の少ない寅さんに支配されている。単なる思い出の主人公ではなく、ここに出て来る登場人物の言動を通して、見えない寅さんが生き生きと活動しているのを僕は見る。学校を舞台にすることなく学校を描いた「十五才 学校IV」にも似た印象もしくは感慨を覚える次第である。

午前様は当然亡く(二代目・笹野高史が登場)、さくら(倍賞千恵子)も博(前田吟)もすっかり年老いた。歴代マドンナの大半(全員?)が登場する幕切れにも痺れるねえ。といった次第で、涙の多くは懐古による感傷であると言って間違いないが、山田洋次の自分の作った人間への愛情にも感銘を受ける。

いつも通りカット割りは確か、話術も実に鮮やかで、88歳の高齢でこれだけ研ぎ澄まされた話を作り上げられることにも感銘する。
 とりわけ良いのは、再会した二人がスナックでママをしているリリー(浅丘ルリ子)と語り合う場面。回想(旧作のシーン)を大いに利用して寅さんとリリーの関係性に迫るのだ。
 僕は大体彼ら二人の心情は解っているつもりだが、それでも、定着を怖れる寅さんがそれ故にリリーと結ばれることを避け、そうした彼の心情に気づかない振りをし、なかったようにしてしまうリリーに改めて涙を禁じ得ない。リリーの出る4本を続けて観たくなる。

細かいところでは、回想で寅さんが夫を亡くした歌子(吉永小百合)に気を使って博を死んだことにすることと、現在の満男が泉に気を使って妻が生きていることにするという対照的相似。これが超絶的に巧い。

ノスタルジーも手伝って満足感いっぱいの中、気に入らないのは(Allcinemaの KH 氏に120%同感)、満男の吉岡秀隆と泉の後藤久美子である。吉岡は事ある毎に目をひん剥くオーヴァーアクト。後藤久美子は実際にも海外生活が長いため日本語が硬く、かなり台詞がぎこちない。後者は劇中で長く日本にいなかった印象に繋がる効果が認められなくもないからともかく、前者は山田監督の指導で何とかなったと思うのだが。現在の場面では、やはり倍賞千恵子のそこはかとなさが素晴らしい。

小説「お帰り寅さん」の出だしは、夏目漱石「夢十夜」からの拝借。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2021年01月10日 19:58
 デジタル合成による寅次郎、満男の回想シーンとしての歴代名場面の挿入など、全体に極めてよく練り込まれた構成とシリーズへの愛おしむような演出が、格別な男はつらいよファンとは言えぬ僕にも伝わってきました・・。。

‥。この作品公開の直前に、72年の「寅次郎夢枕」出演の八千草薫が故人となったのも感慨深いです。歴代のヒロインの中では、浅丘ルリ子(リリー)を抜かせば、竹下景子と並んで大好きなマドンナであります。


以下は文句です(笑)冒頭の桑田佳祐のMVは無いほうが良かったですね(笑)
「ハイビスカスの花特別編」で八代亜紀が歌ったときには感じなかった違和感が若者流に言えば「半端がないい!」。(桑田が寅さんファンだったから歌わせたのでしょうが。

もう一つは、僕の周囲の寅さんファンの男女にも極めて評判の悪い(笑)イズミのパパ役が「家族はつらいよ」の橋爪功だったことですね。
シリーズ本編では、寺尾聡がやり、夫を愛してはいても支配欲の強そうな妻(夏木マリ)から逃れるように宮崎美子と不倫して九州に赴く泉のパパを好演していました。
いかにトンビが鷹を生んでも、橋爪功の娘がゴクミにはならないでしょう(笑)
山田洋次監督が、寺尾では格好良すぎてしょぼくれ感が出ないと思ったのか?

>気に入らないのは(Allcinemaの KH 氏に120%同感)、満男の吉岡秀隆と泉の後藤久美子である。

これはおそらく、実質的な主役の吉岡が、自分の出演しいていなかった頃の作品も含め、48作の重みを双肩に背負った力み(ラストの満男の表情)と、最近の彼のフィールドであるシリアスドラマの演技から久しぶりのコメディにシフトするまでの時間が足りなかったと僕は観ています。

また(ゴクミの)泉が、カタカナのイズミ・ブルーナになっていたのも、過去作品とは時空の違うパラレル的な「男はつらいよ」という意味なのかな、とも感じます。
幻の第49作では、満男と泉は結婚するわけですからね・・。
オカピー
2021年01月11日 20:28
浅野佑都さん、こんにちは。

>72年の「寅次郎夢枕」

中学の時まで「寅さん」なんて馬鹿にしていたのですが、邦画嫌いの淀川先生がやたらにほめるし、では観てみるかと思って最初に観たのが「寅次郎夢枕」。劇場公開から数年後、TVでですけどね。
 八千草薫は僕も好きで、イタリアのオペラ映画「蝶々夫人」で良いのは八千草薫の可愛らしさだけと英語で書きました。

>冒頭の桑田佳祐のMVは無いほうが良かったですね

そそっかしい人は桑田佳祐が寅さんをやるのかと思ったりして。しかし、死んだことになっていない寅さんはどこで何をしているやら。

>イズミのパパ役が「家族はつらいよ」の橋爪功だったことですね。

まあ良くないですね。「家族はつらいよ」に出ているから引っ張って来たのでしょうが^^;

>48作の重みを双肩に背負った力み

それは大変ですよ。「男はつらいよ」というか渥美清の代りというか、後を継いだ形の西田敏行でさえ、僕の個人的印象では満足できないですから。

>シリアスドラマの演技から久しぶりのコメディにシフトするまでの時間が足りなかった

背景はともかく、あの目のぐりぐりは戴けない。山田洋次は認めても、天国の寅さんが「満男、お前な」と言って叱ることでしょう(笑)