古典ときどき現代文学:読書録2021年上半期

大したことができないうちに半年が経ち、その速さに呆然とするオカピーであります。

コロナのワクチン接種が視野に入って来ました。当方、来週胃カメラを撮りに行った時に、かかりつけ医と相談の上で決めて来るつもり。予約が満杯らしく8月になってしまうようですが、僕も最初からオリンピック観戦後という腹積もりでいたので、さほど問題なしであります。

さて、新しい本は後年に・・・という一貫したスタンスで、読むのは専ら図書館の、それも書庫に埋もれているような古い本ばかりという当方には、ごく一時期とは言え、昨年上半期のような休館がなく、非常に助かりました。そもそも図書館は全然三密ではないですよ(個人の感想です)。
 他方、百科事典索引からリストアップした名著も大半を読み終え、比較的新しい(一般の方にはそれでも新しいとは言えない)作品もぼちぼち手に取れるようになりました。

日本と中国の大古典がまだ大分残っていますが、こういうのばかり読んでいると変態扱いされて近寄って貰えなくなる(笑)ので、程々にしております(と言いつつ、いきなり中国の古典)。

で、比較的新しいのは、1970年代前半の芥川賞受賞作や、ミステリー系列を幾つか(それほど新しくはない)。高校の時に現代国語で随筆を少しかじったことのある高橋和巳に興味があり、小説「悲の器」で初挑戦。写真を見ると小難しそうな本を書きそうな容貌をしていますが、予想以上に面白く、あるいは上半期一番の収穫だったかもしれません。

大作を多くこなした上半期でした。
 昨年七月から kindle で少しずつ読んできた「大菩薩峠」全41巻を丁度一年かけて読み終える。達成感大いにあるデス。登山家がエヴェレスト登頂に成功した時の心境もかくや(笑)?
 「南総里見八犬伝」は現代語訳(完訳)のある全体の5分の3に当たる部分まで読了。残る5分の2は岩波書店から出ている原文にて下半期に。現代語訳と同じペースでは読めないのでゆっくりと参る予定です。
 世界史をきちんと勉強された方は憶えているでありましょうインドの宗教的叙事詩「ラーマーヤナ」は凡そ3000ページくらいですが、これなどは短い部類で同系列の「マハーバーラタ」はその3倍あります(当座は読むつもりなし)。
 映画も三作に分かれた「人間の条件」6部作も、こういうのに比べれば長いうちに入らないでしょう。

こういう長いのを一つにまとめるとラインアップが寂しくなるので、例によって巻(部)ごとに紹介して行数を稼ぎました。悪しからず。

以下ご笑覧ください。


***** 記 *****

馮 夢竜(ふう むりゅう)
「平妖伝」
★★★11世紀中国の宋で起きた反乱を題材とするファンタジー。実際の乱でも妖術師の類が関わったらしいが、本に出て来るような奇想天外なことがあったはずもない。伝説と化して後世の人が物語化して、最終的にまとめたのが明末の馮夢竜。白話小説として「西遊記」などより面白いくらいではあるものの、女狐の娘を何度か転生させるところなど意味がないアイデアもある。


志賀 直哉
「大津順吉」
★★★★かなり実際に忠実な私小説。下女と結婚すると言って、父親と不和になるまでの葛藤を緻密に描く。有名な「和解」の前段です。

「或る男、その姉の死」
★★★「和解」を挟んで三部作のような形を成すが、語り手を志賀を思わせる“或る男”の義弟(妹の夫)として客観化したり、実在しない姉を登場させたりする。ここでも父親との不和が絡んでくる。小説としての面白味は「大津順吉」よりあるかもしれない。


ウラジミール・レーニン
「なにをなすべきか」
★哲学書は具体的な方が解りやすくて面白いが、政治思想書は逆であるということがよく解る。当時のロシアの社会主義者たちに訴える内容は現在に生き、思想としての社会主義と距離を置く我々には何の意義もない。乱暴にまとめれば、レーニンの主張は、意識的な革命家を育てないと社会主義革命は成らない、ということ。


宮原 昭夫
「誰かが触った」
★★★★第67回(1972年上半期)芥川賞受賞作その一。ハンセン病療養所の中にある学校に赴任した女教師の目を通して、事実に基づかない偏見を焙り出す。多分1960年代後半が背景で、ハンセン病が極めて感染力の低い病気であるという事実が解ったにもかかわらず依然患者が隔離されていることへの問題意識が綴られる。子供たちの言動の面白さに感嘆するが、銓衡(選考)中に、僕が前回有吉佐和子の「非色」で述べたことに近い、 “文章も構成も巧すぎて通俗的 に見える” という意見があったらしい。 大作家の先生方も僕と同じ事を考えると知り、微笑ましく思う。


畑山 博
「いつか汽笛を鳴らして」
★★★第67回(1972年上半期)芥川賞受賞作その二。兎口の日本人青年が近所にいる半島出身者一家に近付くが、差別に曝される彼らからも畸形者の彼は避けられる。半島出身者も畸形者よりは上という意識が残酷だ。


郷 静子
「れくいえむ」
★★★★第68回芥川賞(1972年下半期)受賞作その一。終戦に近い頃の、愛国少女と戦争反対で逮捕された “非国民” の父親を持つ年下との少女との交流を軸に、戦争の悲劇を描く。時系列が少々ややこしいが、基本的には死にゆく少女の頭の中で過ぎる思いが綴られる。空襲後の町(横浜)の描写も壮絶。


山本 道子
「ベティさんの庭」
★★★第68回芥川賞(1972年下半期)受賞作その二。 有吉佐和子「非色」と同じく戦争花嫁の物語だが、相手が白人なので主題は自ずと違う。郷愁のうちに孤独をかこつベティさんこと柚子(ゆうこ)の物語。頻りに “日本へ帰る”と口にする一回り以上若い日本人妻たちより侑子のやりきれなさは強いのだ。


ロバート・A・ハインライン
「夏への扉」
★★★★前半をコールド・スリープ、主人公が不都合を知って過去(スタート時点の現在)に戻る後半をタイムトリップものにする。コールド・スリープ(未来へ進む)は一種のタイムトリップに準ずる扱いと考えられる次第。従iい、前半は未来予測的な現実的SF,後半はファンタジーに近いSFという感覚でござる。一人称の叙述で、ハードボイルド・ミステリーに通ずる味か?


作者不明(日本)
「保元物語」
★★★軍記物語。吉川英治の「新・平家物語」以上に、為朝の弓上手が印象に残る。敗者側に同情的にして、なかなかの名文でござる。

「平治物語」
★★為義の処刑、その息子為朝の討伐の後を受けて始まる「保元物語」の正真正銘の続編の感あり。但し、途中で作者が変わったらしく、為朝捕縛、常盤御前の逃避行は二回繰り返され、ややとっちらかっている。


チャールズ・ラム
「沙翁(シェークスピア)物語」
★★★シェークスピアの喜劇・悲劇計21篇(史劇を除く大半)を子供向けに散文化した作品。僕は原作を大体読んでいるが、要領よくまとめられているので、お話を再確認するには向いている。小学高学年の時に「リア王」を散文で読んだが、これをさらにまとめたものかもしれない。野上弥生子の訳は、今の小学生には難しいだろう。


マルティン・ルター
「九五箇条の提題(贖宥の効力を明らかにするための討論)」
★★★要は、所謂免罪符批判でござる。短い文章で細かく分けられているので、訴えが明解。

「キリスト者の自由について」
★★★★キリスト者の自由は行為ではなく信仰によってのみ得ることができる、ということ。聖書を読むことのない中世(ルネサンス期だから近世かな)庶民が対象らしく、これもまた解りやすい。


高橋 和巳
「悲の器」
★★★★訴えられた権威ある個人・組織が反訴するケースが最近多いと言う。目的は単なる相手の心証を悪くする嫌がらせで、訴訟の結果は二の次らしい。これを指す専門用語があったが忘れた。本作の主人公たる元検事の刑法学者も、婚約不履行を訴えた家政婦に反訴する。その内面を極めて微視的に綴る内容で、読むうちに最近のケースと似て非なるものを覚えつつ、主人公自身の最終的に行き着く思いは苦く、結局は嫌味の反訴の域を出ない。硬派で晦渋だが、相当興味深く読ませる。


五味川 純平
「人間の条件 第一部」
★★★舞台は満州。同僚の事務員美知子と結婚した梶が、兵役義務を免除されるという条件の下に、現場の管理人として鉄鉱山に赴くが、ヒューマニストの彼としてはその現状に怒りを覚える。映画版の記憶も結構はっきりしているので、想像しやすい。

「人間の条件 第二部」
★★★★捕虜から払い下げられた特殊工人を巡って梶の反抗が軍部を怒らせ、兵役義務が解除される。第一部よりぐっと劇的だが、自分の仕事をすればするほどヒューマニストとしての相克(要は個と組織との間におけるジレンマ)に突き当たる梶の苦悩と、梶と美知子と単純ではない葛藤に読み応えあり。

「人間の条件 第三部」
★★★初年兵としての苦労話。兵隊の処世術のうち、仲間の自殺と逃亡を見た梶二等兵には、まだ個と組織の間に苦しむジレンマがある。

「人間の条件 第四部」
★★★病気を得て陸軍病院に入院、その後上官宅での奉仕を得て、二年兵かつ上等兵として部下を指揮する立場となった梶は、組織に溶け込んでしまいそうになる自分自身と対峙することになる。そしていよいよソ連軍との勝ち目のない戦闘に向うことになる。

「人間の条件 第五部」
★★★★運よく生き残った梶上等兵は戦争観の異なる配下や古兵たちを引き連れるうち徐々に大所帯になり、最終的には匪賊の親玉のような存在になる。出来の悪い兵隊たちを彼をそういう立場に置いてしまうのである。かかる逃亡記が第六部の前半まで続くが、一般庶民に関わる部分が実に重苦しく、やりきれない。ヒューマニズムがサバイバル精神に取って変わられる形だが、それでも常に理性的に自分を見つめる梶はやはりヒューマニストだ。

「人間の条件 第六部」
★★★遂にソ連軍捕虜となる梶。解放軍を謳うソ連軍も多大なる矛盾を内包し、梶は遂に脱走する。愛妻美知子は町で苦労しつつも比較的無事な状態で過ごす。この二つがカットバック的に綴られていくが、大衆小説故にあの最後は気に入らない。大衆小説の幕切れは極端に悲劇的かハッピーエンドという形に振れる傾向にあると思うが、最後の最後のどんでん返し的結末はどうなのかねえ。


シグリ・ウンセット
「ヴィガ・ユートとヴィグディス」
★★★11世紀頃のアイスランドとノルウェーをまたぐ壮絶な神話的恋愛譚。ノルウェー人の女性ヴィグディスは、強姦によって生まれた息子にアイスランド人の父ヴィガ・ユートの首を取って来るように仕向け、それが達成されると、”最も愛した人だから憎み続けた”と言う。


外山 正一、矢田部 良吉、井上 哲次郎(編訳)
「新体詩抄」
★★新体詩というのは、和歌でも漢詩でもない西洋のポエトリーに倣ったものを指す。その嚆矢となったのがこの詩集で、12の訳詩と6つの創作詩とで構成されている。とは言え、て七五調・五七調ばかり。一方、庶民にも解りやすいようにと熟語・雅語は少なくする努力が感じられる。三人とも学者であって文学人ではなかったので、表現が生硬だが、日本の文学をよくしようとする意気込みは伝わって来る。


湯浅 半月
「十二の石塚」
★★日本初の個人詩集との由。この偉業を遂げた人が何と地元の人だった。聖書の「士師記」に材を求む。戦いの末エフデが士師になるまっで。詩集と言っても実際には五つの部に分かれた一つの長編叙事詩であります。何故かわが県は、新島襄(これも地元の人)、内村鑑三、湯浅半月などキリスト教関係の有名人が多い。その割に今キリスト教徒は少ない。


ロアルド・ダール
「飛行士たちの話」
★★★ダールの公式短編集第一弾。その名に釣られて “奇妙な味” を求めると、少し当てが外れる戦争連作短編集である。「ある老人の死」「ちょろい任務」「彼らに歳は取らせまい」「猛犬に注意」は意識の混沌とした負傷兵士のお話で、それぞれに状況の違いはあるものの、現実と幻想の狭間が連続的にあるいは非連続的に語られる。そこにダールならではの妙味があろうか。「ある老人の死」や「このこと以外に」は幽体離脱の物語だろう。後者では兵士ではなく、その母親が飛行士の許に飛んでいく。「あるアフリカの物語」は兵士の残した小説の体裁の復讐譚。「マダム・ロゼット」は兵士たちが娼館から娼婦たちを救うアメリカ映画的な乗りの爽快なお話。「カティーナ」はナチスに蹂躙されたギリシャ人への哀悼を綴る詩的な一編。「昨日は美しかった」「猛犬に注意」は余りピンと来ない。最後の作品で、次の短編集と同じタイトルの「あなたに似た人」は再会した戦友同士の会話にちょいと運命論を匂わし、厭戦的な気分を醸成して終わる。

「あなたに似た人」
★★★★公式短編集第二弾。賭けをテーマにしたものが「味」「南から来た男」「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」「海の中へ」「クロウドの犬」と多い。良い気になった人間が最後にぎゃふんと言わせられるのが目立ってニヤッとさせる。落ちが秀逸な「南から来た男」が絶品。「南から来た男」は “ヒッチコック劇場” で映像化されたそうだが、“ヒッチコック劇場”に使えそうなのは他に「皮膚」「毒」「首」「告別」あたり。大山鳴動してへぴ0匹の「毒」など良い演出家を使えば面白そうだ。「おとなしい凶器」は古典的なトリックを応用した奇妙な味のミステリー(謎解きではない)。「音響捕獲機」と「偉大なる自動文章製造機」は星新一的なSF的発想が面白い。「兵隊」と「お願い」は話自体がよく理解できない。

「来訪者」
★★★公式短編集第四弾。長めの短編あるいは短めの中編と言える4編を収録。テーマは性愛である。最初の「来訪者」★★★は現在のカサノヴァたるオズワルド叔父の挿話で、潔癖症な彼が最後に恐ろしい事実を知らされる、というのが落ち。再びオズワルド叔父が登場する最終第4話「雌犬(ビッチ)」★★★は星新一的発明譚だが、どこか間抜けな叔父が再びとんだ憂き目に。この短編集が発表される頃から世間の口に上るようになったスワッピングをダール的なアングルで処理したのが第二話「夫婦交換大作戦」★★。提案した方が落ち込むような羽目になる。一番気に入ったのは第三話「やり残したこと」★★★★で、落ちの鋭さも毒も強烈至極。


北条 秀司
「王将」
★★★三幕戯曲。映画版の阪東妻三郎が脳裡に思い浮かぶ。最後に“女房の小春”が死んでしまい、じーんとさせられる。


亀井 勝一郎
「青春論」
★★★★1948年から56年にかけて書かれたり講演されたりした青春論集。前半は恋愛など若者に向けて青春の在り方を説く、ごく普遍的なもの。後半は道徳論をからめて、時に政治の話題が出て来る。端的に言えば、憲法改正や原子力などの政治的問題もきちんと考えようという主旨なのだが、半世紀以上も経って余り変わっていないことが多いものだと苦笑させられたりもする。


徳富 蘆花
「思出の記」
★★★★一見蘆花の自伝と思わせるが、彼や兄の蘇峰をモデルにしたところがあると伺える一人の男性の半生である。最初のうちはドイツロマン主義の教育小説と英国の「トム・ブラウンの学校生活」を合わせたような内容と考えたが、後半になってディケンズ「デヴィッド・カパフィールド」のタイトルを見るに及び、蘆花がこの小説を意識して書いたものと察した。精神的なところで詰めが甘いものの、かなり面白く読める。今の若い人には難しいだろうが、言文一致体ながら和漢混交文の感覚を残す文章も抜群。


ウィリアム・シェイクスピア
「ヘンリー六世:第一部」
★★ばら戦争以前の英仏の戦いを描き、ジャンヌ・ダルクも出て来るが、歴史考証的には時代がやや合わない。彼女はこの舞台より少し前となる。

「ヘンリー六世:第二部」
★★★ヘンリー6世(ランカスター家)が祖父4世が王権を簒奪して生まれた王に過ぎないと、ヨーク家が簒奪返しをしようとして薔薇戦争が起こる。どちらもプランタジネット家の男子傍系なのだから馬鹿馬鹿しい。三部の中では一番台詞が華麗。

「ヘンリー六世:第三部」
★★結局ヨーク家が勝ってエドワード4世を擁立するが、その弟リチャードが簒奪を狙う。その後の話は「リチャード三世」で。

「冬物語」
★★★シチリア王が妃の密通を疑った結果起こる不幸が、子供達が大人になる十数年の時を経て大団円を迎える。終わりよければ喜劇であるが、Wikipediaはロマンス劇としている。そういう分類も良いでしょう。


井上 光晴
「地の群れ」
★★★★映画版を見た後に急遽読む。在日半島出身者、部落、被曝(被爆)者への差別が共鳴し合うお話で、弱者同士の差別意識は芥川賞を受賞した畑山博「いつか汽笛を鳴らして」に通底するものがある。映画版は最終的に差別全般を社会派的に捉える印象を残すが、小説ではもっと個人的に作者が軍港であり被爆地であり米軍基地を持つ長崎への思いを背景に揺曳させる感じ。


ヴァールミーキ
「ラーマーヤナ 第一巻:少年の巻」
★この長い叙事詩は、ヒンズー教の経典である。ラーマという武士階級の聖人の苦闘を綴るうちの序章に当たり、地方に修行していた王子ラーマが国王に呼び出されて擁立が決定されるまでを語られる。彼の波乱万丈の冒険を描くうちに随時道徳や為政論が教訓として語られるというのが全編の体裁だが、本作は入れ子構造が激しく寄り道が多いことから、訳者は、二巻以降より後世(即ち紀元3世紀くらい)に追加的に書かれたものではないかと推測する。つまらなくはないが、甚だまだるっこいので★一つ。

「ラーマーヤナ 第二巻:アヨーディヤー都城の巻」
★★三番目の王妃が侍女にだまされて、自分の息子バラタを王位につけるべく、以前の約束をたてに王にラーマを14年間森に追放するよう強制する。約束が人間の一番大事にする徳と考える王はこれを実施するが、苦悩に耐え切れず絶命する。聖人君子たるバラタはラーマを追いかけて城に戻るように説得するが、ラーマは道徳観によりバラタが王として国を治めよと説得し返す。バラタは同意するが、城には住まない。紳士VS紳士の問答は実に複雑な思いを読者に抱かせる。

「ラーマーヤナ 第三巻:森林の巻」
★★ラーマに付き添う妻たるシーターが、羅刹(鬼の類)の姦策にはまって、拉致されてしまう。危険が待っているのが明らかであるのに弟王子がラーマを助けに行く際にシーターを同行させないのが、現在人にはちと不可解ではあります。

「ラーマーヤナ 第四巻:猿の王国キシュキンダーの巻」
★★シーターの行方を知っているらしいと聞かされた猿の王族にラーマたちは接近する。猿の元王は、政権を簒奪した現王を倒すように誰よりも強いラーマに懇願する。この王維争奪戦の話はどちらが正しいのか解りにくいところがあるが、とにかく猿はシーターの居場所を突き止めるべくあらゆる猿の部族を各地に派遣する。遂に居場所は確定するものの、苦難が待ち受けている。

「ラーマーヤナ 第五巻:優美の巻」
★猿王の腹心で風の神の息子ハヌマトが羅刹王ラーヴァナの住む島(スリランカと言われる)まで飛び、シーターを発見する。ここで疑問なのは、彼女を発見するのが目的で後二ヵ月というタイムリミットがある中、ハヌマトがラーマの許に戻る前に王都を破壊することである。彼が戻れなかったら、元も子もない。無敵であるはずのラーマに任せれば良いものを・・・と現代人の感覚では思うわけです。

「ラーマーヤナ 第六巻:戦争の巻」
★かなり長いが、敵と味方の闘う相手が次々と変わるだけで、同じ事の繰り返し。叙事詩なのである程度仕方がない。

「ラーマーヤナ 第七巻:後続の巻」
★戦争に勝利したラーマの復位後のお話で、少々説教臭い。ラーマが14年間森に追放されるが、彼は1万年間以上統治したわけで、14年など我々の感覚ではほんの数日程度なのだ。そして戦いに要した期間が14年で、全て予定調和調に進む。何となれば彼はヴィシュヌの化身なのだ。僕の印象では、梵天が西洋の神に相当する。ヴィシュヌやシバはともかく、他の神や羅刹(鬼)は天使(悪魔)に当たるのだろう。最近多神教も実は一神教と思うようになってきた。


謝 枋得(編)
「文章軌範」
★★★編者は13世紀南宋時代の人。装飾に走る駢文を嫌って古文を推奨し、それ以降の中国の文体の方向性を示したが、同時代の科挙を受ける人の参考書に過ぎないとして中国では軽視された。日本では特に江戸時代に重要視され、今日に至る。第七巻が有名な蘇軾「赤壁賦」、杜牧「阿房宮賦」、陶淵明「帰去来辞」を収めて圧巻。「帰去来辞」は『文選』にも収められているが、他は『文選』編纂より後に書かれたものなので、読めて嬉しかった。


獅子 文六
「自由学校」
★★★1950年の発表。ぐうたらな夫に出て行かれて自由が得られて半ば良かったと思いつつ、そう素直に喜べないことに気付く戦後“強くなった”奥さんのお話。敗戦によって言わば配給された自由への風刺を試みた中間小説。作者は僕が少年時代くらいまで大人気で文庫本が無数にあったが、同時代性が高い故に時代が変わると忘れられてしまった。


カトリーヌ・アルレー
「わらの女」
★★★映画にもなっているし、アルレーにも興味があったが、長いこと近寄らずにいた。資産家の妻になろうとした女性がいっぱい食わされるお話で、映画と違って後味が悪い。映画版は、時代が時代だけに悪が勝つという幕切れを変えたのだ。


ジャック・ケルアック
「オン・ザ・ロード」
★★★作者の自伝的な小説で近年やっと映画化されたが、第二次大戦後の文学として重要なのは知っていたものの、さほど原作に興味が湧かなった。アメリカ的なドライさが欧州文学に比べると今一つ趣味に合わないところがある。実際読んでも似た印象ではあるが、音楽(当時一番の人気音楽はバップ=ジャズであったのだろう)即ちジャズ絡みの説明が多く、この辺は気に入った。


野上 弥生子
「秀吉と利休」
★★★この小説の秀吉はギミックにすぎない。彼は弟の秀長や利休によって浮き彫りにされるという感じなのでござる。あるいは秀吉は行動のアウトラインのみが紹介され、それにより利休その人が説明される。利休も息子たちの言動により浮き彫りにされるところもあり、純文学者による歴史小説は一味違いますかな?


アーサー・コナン・ドイル
「シャーロック・ホームズの思い出」
★★★延原謙訳の新潮社版。公式短編集第2弾だが、実は一編省かれている。省かれた作品を集めた新潮社編集の短編集も出ていたと記憶する。ホームズが探偵として初めて謎を解明した「グロリア・スコット号」、職業探偵として事件を解決した「マスグレーヴ家の儀式」は共に暗号ミステリーの類。「白銀号事件」の厩舎が舞台で犯人の意外性が主眼? 「株式仲買店員」「ギリシャ語通訳」「入院患者」には小グループが絡むちょっとした犯罪。「黄いろい顔」「海軍条約文書事件」は死体が出て来ず、20世紀の奇妙な味に通じようか。「最後の事件」でホームズは死ぬ。が、ご存知の通り、この後蘇って多数の事件を解決するのでござる。ホームズの歴史を記す重要な作品が多いものの、第一短編集「冒険」のほうが充実しているように感じる。


滝沢 馬琴
「南総里見八犬伝:第一巻(第1回~第20回)」
★★★★★ここにおける巻は出版社の岩波書店(原文)及びJICC出版局(それに基づく現代語訳)の分冊によるもので、原作の巻ではない。中国の白話小説に倣った構成で、回の最後に訓話めいたものを入れることがある。予想を遥かに凌ぐ面白さがあるが、里見家の伏姫が割腹して玉が飛散する第15回までが抜群。その前段で伏姫が銃で射撃されるのは、室町後期の前半(1460年~1480くらい)のお話なので時代考証的に納得しかねる。以降は八犬士の列伝となる。

「南総里見八犬伝:第二巻(第21回~第40回)」
★★★★現在の豊島区大塚に実家を持つ犬塚(本家を継いだ母親違いの姉を立てて犬塚と改名)信乃を中心に五人の剣士が集結するまで。最年少はまだ幼児の犬江新兵衛仁(いぬえしんべえまさし)。大塚に住んでいた僕としてはよく知っている豊島区や北区の地名が出て来るのが嬉しい。現在的な感覚ではまだるっこいところも多いが、まだ相当面白い。

「南総里見八犬伝:第三巻(第41回~第61回)」
★★★★大塚で投獄されている犬川荘助(額蔵改名)を救って四人となった犬士が明巍(妙義)山へ逃げる。かつて大塚に住み、今は妙義山と浅間山の麓と言って良い故郷に戻った僕だけに、ちょいと嬉しくなりました。登場順ではなく認識順で六番目の犬士に当たる犬山道節(信乃の妻・濱路の兄)を挟んで、この後59回まで犬田小文吾(新兵衛の伯父)が主人公となり、七番目の犬士・犬坂毛野(当初女田楽師に偽装)に遭遇するが、毛野はすぐに消える。その後を受け継ぐ犬飼現八が八番目の犬村大角に遭遇。

「南総里見八犬伝:第四巻(第62回~第82回)」
★★★前巻59回から67回まで現八と大角のお話。船虫という悪女が前巻後半からずっと絡む。その後73回まで信乃が担う。濱路が別人として再登場(馬琴はこのアイデアを自画自賛)。これ以降暫く越後での小文吾の活躍。しかし、闘牛の長すぎる説明は「白鯨」的、冒険小説の中にあっては退屈を禁じ得ない。紆余曲折を経て処刑されたはずの小文吾と荘助が、乞食に偽装した犬坂毛野と出会う。毛野はまた消える。

「南総里見八犬伝:第五巻(第83回~第103回)」
★★★序盤のうちに7人の列伝が終わり、一同が集結する場面に至り、悪女・船虫も遂に永久に消える。ことある毎に銃が出て来るのが気になる。作者は色々と衒学趣味を発揮し正確性を期しているようなことを言いつつ、この時代に銃が出て来るのが大いに気になる。1543年以前に銃が中国経由で日本に入っていたかもしれないという情報もないではないが、馬琴は時に種子島という言い方もするので、歌舞伎同様に意図的に時代考証を無視したと思われる。

「南総里見八犬伝:第六巻(第104回~第115回)」
★★★最後に残った犬士犬江新兵衛の列伝を兼ねて、いよいよ本格的な戦闘へ向かっていく。ここで疑問なのは、大童(大きな子供)と言われる新兵衛9歳(数えであれば満8歳)の身長が3尺4~5寸。これは通常の尺の換算であれば、106cmくらい。25%増しの鯨尺でも、17歳ほどの体格と言われるには小さすぎる。江戸時代は現代人より1割くらい小さいが、それでも合わない。5尺3寸(161cm)のつもりだったのか? この辺りになると妖術が大いに絡み、年初に読んだ「平妖伝」に近い。馬琴は当然読んでいるであろう。妖術VS霊力の闘い。


ジョン・ワーズワース・ロングフェロー
「エヴァンジェリン」
★★★★北米における英仏戦争で離れ離れになった恋人たち特に女性のエヴァンジェリンが事実上の夫ギャブリエルを探そうと彷徨する物語。欧米の長編詩は案外に大衆的な意味でロマンティックなものは少ないが、これは文句なし。訳者の斎藤悦子という女性が昭和3年に23歳で亡くなって残した原稿を兄が上梓したというのが巻頭に紹介され、これにもじーんとさせられる。


マーガレット・ミラー
「狙った獣」
★★★去る一月に観た1957年の邦画「誘惑」の中で小沢昭一がハヤカワ・ポケット・ミステリーの一作として読んでいたのがこのミラー女史。この作品(1955年発表)の最初の訳である可能性が極めて高い。最後にアッと驚く叙述トリックの作品だから、映像化する場合は「サイコ」のように処理するしかないだろうね。


良寛
「布留散東(ふるさと)」
★★★子供との手毬を読んだ有名な歌二首も収めた良寛和尚の私歌集。62編という小規模なもので、長歌があるなど「万葉集」を意識したものが少なくない。素朴と言って良いと思う。


大隈 言道
「草径集(そうけいしゅう)」
★★★★江戸末期の私歌集。三部に分かれ、971編を収める大作だ。クラシックな詠み方を残しつつ口語に近い表現の鮮やかさと、着想や観察の素晴らしさに舌を巻く。相当気に入った。


中野 重治
「梨の花」
★★★作者の幼少期から少年期までの自伝的小説。子供の頃から反権威的だったようで、それが後年共産党に入党することに繋がるか。面白いが、井上靖の自伝三部作のようなのびのびとした感じは薄い。


ジョージ・オーウェル
「1984」
★★★今頃デス。予想以上に純SFだった。主人公は「華氏451度」とは逆の方向に進む感じで、見た目とは裏腹に読後憂鬱になる。


G・ガルシア=マルケス
「百年の孤独」
★★★★マコンドという町を作り上げた一家一族の100年間に渡る幻想的かつ野趣溢れる物語集。ラテン系の民族によくあるように、同じ名前が踏襲されるので時々混同するが、寧ろそれが面白味を醸成する。百歳を超えて生きる女性が二人出るなど、精神的な強さで女性が優位にある印象なのが興味深い。


小栗 風葉
「深川女房」
★★★★若い漁師が遭難から生還すると、実は相思相愛だった幼馴染のヒロインは人妻になっていた。彼女は彼を結婚させようと結婚話を進めるが、夫の死が見えて来ると、死後のことを考えて打算的な考えが浮かぶ。しかし、周囲が変な噂話をするので意地となってそのまま結婚話を進めるのだ。幕切れが極めてモーパッサン的で、印象深い。Wikipediaによれば、小栗風葉はゾラやモーパッサンの影響を受けたらしい。


谷崎 潤一郎
「陰翳礼賛」
★★★日本的美意識を考察するエッセイ集。一般的に暗さ=陰に日本人は惹かれる。昭和の初めに外見的にも益々西洋化が進む日本における反感が書かせた作品でありましょう。便所の考察など実に面白い。


マックス・ウェーバー
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
★★★プロテスタントは本来金儲けに否定的である。それが何故資本主義を認めるようになったか? プロテスタントの中でも敬虔派と言われるグループがまず職業は神の召命(calling)であり、仕事に邁進することが美徳であると考えるうちに自然と蓄財され、やがて働くこと自体の美徳という意識が消失していったというのが趣旨である。


湯 顕祖
「還魂記」
★★★★明時代の大長編戯曲。宋(北宋)が金により滅ぼされる(1127年)直前くらいのお話。夢で見た相手を思って令嬢(その名も麗娘=れいじょう)が亡くなる。彼女が埋められた梅の木の傍で、科挙に向う青年(その名も柳夢梅)が令嬢の夢を見て、その言いつけ通りに墓を掘り返すと令嬢は蘇り、二人は結ばれる。以降色々な紆余曲折があるが、大団円が待っている。明時代は結婚に規制が多く、夢を用いないとこういうロマンス自体が書けなかったらしい。そういう意味では風刺小説でもあるかもしれない。


孔 尚任
「桃花扇」
★★★清朝初期に書かれた長編戯曲。政治劇で、「還魂記」が恋愛至上主義で紛争すらその背景に押しやられてしまうのに対し、こちらは長い年月を経て漸く再会した夫婦を一種の修練の為に別れさせてしまう。無粋じゃねえ。


ジェローム・デーヴィッド・サリンジャー
「フラニー」
★★最終的に「フラニーとゾーイー」という作品集(と言ってもたったの二編)を成す最初の一編。別大学の恋人と大学対抗のフットボールの観に行った若い女子大生フラニーが、家族との関係もあって、精神的に宗教めいたものに救いを求めている様子を綴る。彼女が読むのが聖書ではなく、巡礼者の旅を綴る書物というのが興味深い。当時サリンジャーは仏教に傾いていたらしく、故に聖書ではない模様。

「ゾーイー」
★★★そんなフラニーを何とか救ってやろうとするのが、俳優をするなかなか皮肉屋の兄ゾーイ―で、俳優の特技を生かして遠方にいる二番目の兄のふりをして電話を掛ける場面もある。ちょっと解りにくく、一般的な意味で面白い作品とは言えないが、何となく楽しんだ。


ヴィッサリオン・G・ベリンスキー
「ゴーゴリへの手紙」
★★ロシア文学通にはお馴染みだが、ベリンスキーはロシアの革命的民主主義派の文芸評論家。突然体制側に傾いたゴーゴリを批判した評論である。ロシア文学研究者以外に用はないでありましょう。


中里 介山
「大菩薩峠 第25巻:みちりやの巻」
★★★甲州の里で寺子屋の教師のような存在になるお松、信濃・白骨温泉で憂鬱になっていく同世代のお雪。茂太郎と関連のある頭のいかれたお嬢さん。安房の浜では外国人も加わった変なコミュニティができあがる。益々不思議な展開だ。

「大菩薩峠 第26巻:めいろの巻」
★★★駒井コミュニティの話が中心か? 群像劇の様相は益々強く、文字通り迷路に入った感じ(笑)。

「大菩薩峠 第27巻:鈴慕の巻」
★★お雪を挟んで、竜之助と兵馬がニアミス。些か気を持たせすぎるし、作為が目立つ。

「大菩薩峠 第28巻:Occeanの巻」
★★駒井を囲む人々の騒動。全編恐らく一番短く他愛ない。

「大菩薩峠 第29巻:年魚市の巻」
★★★一番短い後に一番長いかもしれない巻。群像劇として益々混沌として行き先が全く見えないが、それなりに面白い。

「大菩薩峠 第30巻:畜生谷の巻」
★★白川郷の先にある近親相姦の村 “畜生谷” に希望を見出そうとするお雪と、名古屋で妙な騒動を繰り広げる道庵医師。道庵が大いに絡むと、どうも面白くなくなる。

「大菩薩峠 第31巻:勿来の巻」
★★竜之助が元の人殺しに復し、神尾主繕も半ば同様。どうも良くないですぞ。

「大菩薩峠 第32巻:弁信の巻」
★★★離れたところにいても心が読める小坊主・弁信は超人である。完成させた蒸気船 ”無名丸” で実験の旅に出る駒井一行の話も絡み、題名が想像させるほど多くは出て来ないが、やはり弁信の超人ぶりが印象に残る。

「大菩薩峠 第33巻:不破の関の巻」
★★★関ケ原がテーマ。道庵が関ケ原の戦いの模擬合戦をする一方で、竜之助と別行動になったお銀様が武将の骨を探して彷徨する。

「大菩薩峠 第34巻:白雲の巻」
★★★駒井とその仲間たちが無名丸で陸前・磐城(現宮城県)を目指す。そして到着した後の騒動。

「大菩薩峠 第35巻:肝吹の巻」
★★肝吹(伊吹)山の麓・関ケ原でお銀様が土地を買い取りコミュニティー造成を始める。夢の中の語りではあるが、彼女は一種の共産主義体制を目指しているように聞こえる。時代小説では珍しい衒学趣味なのかもしれない。

「大菩薩峠 第36巻:新月の巻」
★★肝吹山で古今の著名人物の幽霊が続出する。遭遇する人は少しも驚かない。例によって脱線が多いが、ここにいたって “作者が書き始めて30年” といったメタフィクションのような文章が出て来る。しかし、作者を表に出すのは介山が手本にしたであろう白話小説の類では常識。

「大菩薩峠 第37巻:恐山の巻」
★★ある時期から作者の衒学趣味が目立ってきた。作者もそろそろ出口を見失ってきたのではないだろうか?

「大菩薩峠 第38巻:農奴の巻」
★★米友が捕えられ処刑されそうになる。お雪は竜之助に殺されてしまうのか?

「大菩薩峠 第39巻:京の夢おう坂の夢の巻」
★作者が混沌というより迷宮に入ってしまったよう。お雪は蘇生するが、竜之助は新選組の連中と再会して歴史小説風になったかと思えば、コミカルな悪党・神尾主膳が読んで変な共感を覚える勝海舟の父親の自伝を延々を読ませる辺りになって投げ出したくなった。最後に、歴史的大作として「源氏物語」「南総里見八犬伝」と並んで本作を出して来る辺りはふざけすぎ。まあこの作品が中国の白話小説を拝借した「八犬伝」の影響下にあるのは明らかだが。

「大菩薩峠 第40巻:山科の巻」
★神尾主膳が読み続ける勝海舟父の自伝が退屈。悪文という設定にしても読みにくいこと甚だし。もう少しで読み終わるという段階でなければ違う印象もあったと思う。

「大菩薩峠 第41巻:椰子林の巻」
★★ユートピア建設を目指す駒井のグループのお話が中心。作者も何とか終わりにするのを目指していたような印象もあるが、結局まとまらずに終わってしまった。一年間読んだことに感慨。

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この記事へのコメント

モカ
2021年07月01日 20:49
こんばんは。

ラインナップを見ているだけでどっと疲れが…(笑)
この中で読んだ記憶があるのは
 夏への扉、ロアルドダール、わらの女、秀吉と利休、百年の孤独、谷崎 くらいです。
あ、マックスウェーバーは学生時代に読みましたがタイトルは忘却の彼方です。
フラニーとーゾーイは活字が小さくてギブアップでした。
マーガレットミラーは4冊くらい読んでますが、「狙った獣」は未だでそのうち読むつもりです。
「わらの女」はリーダーズダイジェストに掲載時に勧善懲悪バージョンに改変されたとなにかで読みました。映画版はそちらをベースにしているらしいです。
後味が悪くても元のままが良いです。アルレーもアイラレヴィンなんかと同じアプレゲールの系列のように思います。
オカピー
2021年07月01日 22:33
モカさん、こんにちは。

眺めて驚いたことに、今期は再鑑賞が一つもありませんでした。これは非常に珍しいです。

>ラインナップを見ているだけでどっと疲れが…(笑)

人の読まない本を読むことをモットーとしています(嘘だけど)^^

>マックスウェーバーは学生時代に読みましたがタイトルは忘却の彼方

一番有名なのは「プロテスタンティズムの・・・」ですから、かなりの確率でこれだと思います。
あるいは官僚制からみの著書かな?

>フラニーとーゾーイは活字が小さくてギブアップでした。

新潮文庫版ですね? 
村上春樹は“ズーイ”とやっていますね。

>「わらの女」はリーダーズダイジェストに掲載時に勧善懲悪バージョンに改変されたと
>後味が悪くても元のままが良いです。

僕もそうですね。後味が悪いのは確かですが、勧善懲悪も良し悪し。
vivajiji
2021年07月02日 15:54
この前人未到の読書パワーの源泉はいったい
どこから湧き出ていらっしゃるのでしょう。(敬服)
ダール「南から来た男」のヒッチコック劇場は
何ともはや観たかったですねぇ。
最近の私の読書傾向は何を今更と思われましょうが、
大の大の苦手、長編克服月間第1弾「カラマーゾフの
兄弟」とマン「魔の山」。カラマさんは今のところ
読みやすい亀井訳で山登りでいえば6合目くらい。
行間を味わう余裕などあるはずもなくただひたすら
ガリガリ読む・・・アホでヒステリックな父息子の
コテコテ繰り言の合間、しばし読み進む「魔の山」の
ゆったり流れる清涼感にやんわり癒されております。
モカ
2021年07月02日 21:52
こんばんは。

サリンジャーは昔のハードカバーでした。 多分、野崎訳。
先日の「嘆きのテレーズ」から「テレーズ ラカン」→「テレーズ デスケルウ」と連想していたら、三島vs東大全共闘で三島がモーリヤックのテレーズに言及していたのでますます読みたくなってしまいましたが、読書も意外とエネルギーが必要で老体にはしんどいです。
元気なうちにドンドン読んでくださいね。

ヒッチコックの「南から来た男」
 ニコニコ動画で観られますよ。
オカピー
2021年07月02日 22:29
vivajijiさん、こんにちは。

>前人未到の読書パワーの源泉はいったいどこから湧き出ていらっしゃるのでしょう。

人生の残照期に入ったこと、映画がつまらないということがありましょうか。
もっと読んでいらっしゃる人もいると思いますが、近眼であるため、小さな文字も楽に読めるというのは助かっていますね。

>ダール「南から来た男」のヒッチコック劇場

モカさんによれば、ニコニコ動画で観られるそうですよ^^v

>長編克服月間第1弾「カラマーゾフの兄弟」とマン「魔の山」。
>カラマさんは今のところ読みやすい亀井訳で山登りでいえば6合目くらい

この二作は僕も苦労しましたよ。特に前者は難渋ですから。
頑張ってください。
この二つを登り切れれば、他の作品は大概大丈夫!

「カラマ」は亀山郁夫氏訳ですね。僕にとっては大学の先輩であり、卒業する頃母校で教えていた記憶がありますので、先生と言うべきですが(笑)
僕は、大学で直接教わった原卓也先生の訳で読みました。これは在学中に読んで、じかに訊けば喜んで解説してくれたかもしれません。
モカ
2021年07月02日 23:28
すいません、補足です。
ヒッチコックの「南から来た男」ですがニコニコ動画で観られるのは80年代のカラーバージョンの方です。 きっとマックィーン版の方をご所望なんだと思います。
そっちを私も観たいです!
vivajiji
2021年07月03日 07:01
モカさん、プロフェッサーさま、
2話になってyoutubeにありました。(嬉)
ご夫婦だったマックィーンとニック・アダムス、
怪優ピーター・ローレ、ご出演でしたね。
あのオチまでの畳み掛け描写の手際の良さは
やはりヒッチコックでした。

モカさん、ご紹介ありがとうございました。
https://www.youtube.com/watch?v=5t78eqGsGKM

プロフェッサーさま、
亀山氏を誤表記してしまいました。
深く陳謝いたします。
あらためて思いますに
本はいいですね、やっぱり。
こうなったら意地でもカラマさん読了したい。(^^)
vivajiji
2021年07月03日 09:51
誤表記その2でございます。
ニックではなくニールですね。
気がついただけヨシとして下さい。🙇‍♂️ 😁
オカピー
2021年07月03日 19:54
モカさん、こんにちは。

ご丁寧に有難うございます。

>そっちを私も観たいです!

今度はvivajijiさんが紹介してくれました。
記載されているところへ行ってみましょう^^
日本語字幕はないですけどね(ニコニコ動画の新バージョンもそうですか?)
オカピー
2021年07月03日 20:02
vivajijiさん、こんにちは。

>2話になってyoutubeにありました。(嬉)

貴重な情報、有難うございました。
モカさんも喜んでいるでしょう。

>こうなったら意地でもカラマさん読了したい。(^^)

ゆっくりでも読み終えられると良いですね。
継続は力なりです^^

>ニックではなくニールですね。

ニック・アダムズという有名な男優も実際にいますね^^
モカ
2021年07月04日 00:38
情報ありがとうございます。
字幕がないとの事で昔の本を出してきてサラッとおさらいしてから観ました。
手持ちの文庫本は昭和51年ハヤカワミステリ文庫で、ブックカバーのデザインがエラリークインなぞのカバーも手掛けた北園克衛で、これがブルーノートのジャケットに通じるモダンデザインなんですよ。
wikiで調べたらこの方は詩人でデザイナーでもあったようでバウハウスに影響を受けた、と書いてありました。つながりましたね〜 

髙橋和巳 
そう言えば、髙橋はお手伝いさんと浮気していたと誰かから聞いた記憶がありますが、実体験を踏まえた内容なのですか? 
この人は京大の学生運動の心情的ブレーン?(意味不明ですね)でしたね。
今時読む人いるのかと思ったらおられました。(私は自慢じゃないけど先日、庄司薫の「赤ずきんちゃん、気をつけて」を始めて読みましたよ)
オカピー
2021年07月04日 20:16
モカさん、こんにちは。

>北園克衛・・・これがブルーノート・・・バウハウスに影響を受けた
>つながりましたね〜 

つながりましたねえ。
詩人でデザイナーというのは珍しいですね。しかも、写真家でもあるとか!

>実体験を踏まえた内容なのですか?

主人公は、戦前から刑法学者⇒判事⇒刑法学者という遍歴をしてきた老人ですので、アイデアの元にはしたかもしれませんが、実体験ではないでしょう。

>この人は京大の学生運動の心情的ブレーン?(意味不明ですね)でしたね。

そうだったらしいですね。
本作を読んでも文学者以外の顔は見えてきませんが、文章が上手く、もっと長生きされたら、どんな作品を書かれたでしょうか。そう思うと残念です。

>庄司薫の「赤ずきんちゃん、気をつけて」を始めて読みましたよ)

姉が庄司薫が好きでしたので、高校の時に読みました。例によって、全く憶えていませんが。同時代の芥川賞受賞作品の中では読みやすかったという記憶だけは微かにあります。正確には、読みにくかったという記憶がないと言うべきかな。