映画評「小原庄助さん」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1949年日本映画 監督・清水宏
ネタバレあり

プライムビデオで無償鑑賞。1949年度キネマ旬報10位に選出された清水宏監督の作品だから得した気分でござる。

ちょっと大袈裟に言えば日本版「山猫」(1963年)である。

恐らくはGHQによる農地解放の後の山村が舞台。しかし、映画はその悲劇には触れずに、旧家当主の小原庄助ぶりを強調して展開する。
 従って、貧乏人の他人から見ればけしからん人物だが、主人公杉本佐平太(大河内伝次郎)の酒好きは庄助さんもどきでも、その散財はほぼ頼まれれば断らない寄付によるので、村の衆は彼を慕っている。だから、村長辞任に伴う新村長出馬を頼みにも来る。
 自分は旧家の垢に身動きが取れない為小原庄助を決め込んでいると自覚するので辞退するが、戦後の選挙法では事前の寄付行為等が買収に当たって当選しても逮捕されるだけだろう。それを体現するのが、彼が推薦した和尚と一騎打ちになった吉田(日守新一)という実業家である。

ミシンを寄付した佐平太の家にやって来る服飾家(清川虹子)の西洋もどきの風情もそうした時代の変化を表現する。時代に取り残された旧家当主の立場が場面を積み重ねて明らかになっていく。
 かくして、借金返済の為に代々伝わって来た宝物の類を売り、半世紀くらい仕えて来たであろう婆や(飯田蝶子)を解雇、挙句の果てに良く出来た愛妻(風見章子)も義兄に連れ帰られてしまう。
 自分に言い聞かせるように “どんな仕事にもつけば何とかなる” と二人組の泥棒に説教した彼は家を出て再出発の旅に立つ。そこへ妻が現れ、二人仲良く駅に向かうのである。

飄々としたところがあって突き放すことはできないにしても自業自得のところがあるし、イタリアの「山猫」に比べればぐっと楽観的な幕切れで、何となく良い映画を観た気になるが、お話自体はそれほどのものではないと思う。

しかし、清水宏が監督であるだけにカメラがさすがに見事。家内のなめ方、二回ある家の庭を横断する横移動撮影は痺れさせる。ロベール・ブレッソンの「バルタザールどこへ行く」(1966年)よろしくロバが家に戻るシークエンスはカメラもムードも満点で、こうした細部の積み重ねがこの映画を映画芸術的に良い作品にしたのである。

大河内伝次郎がこうした現代劇に出るのもGHQのせいと言うか、おかげと言うか。若い人は知らないかも知れないので言いますが、GHQが日本を離れる1950年まで時代劇は禁止されていたのでござるよ。

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