映画評「読まれなかった小説」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年トルコ=北マケドニア=フランス=ドイツ=ボスニア・ヘルツェゴヴィナ=ブルガリア=スウェーデン=カタール合作映画 監督ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
ネタバレあり

雪の轍」で初めて本格的に知ったヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は、テオ・アンゲロプロス以来の重量派ではないだろうか。前回が196分、今回が188分と長尺で、しかも圧倒的な台詞の量。
 アンゲロプロスがひたすら長回しの情景を積み重ねて訴える監督だったのに対し、ジェイランは軽妙なエリック・ロメールをぐっと高踏的にした感じだからタイプは全然違うが、重量級であることに変わりはない。

大学を卒業し、教員をしながら作家になることを目指す青年シナン(ドウ・デミルコル)が帰郷すると、小学校教師である父親イドリス(ムラト・ジェムジル)が競馬に明け暮れ、時には電気も止められてしまう現状を知り呆れてしまう。
 若者は書き終えた、日本で言う私小説がなかなか出版に辿り着けないイライラもあって頻繁かつ激しく衝突するが、やっと上梓した小説を完読したのはこの父親だけである。それを知ると共にその語る言葉に考え違いに気づいた彼は、馬鹿にしきっていた父親のライフワークである井戸掘りを父親が眠っている間に続行するのである。

「雪の轍」も本作も前半じっくりと対立要素を熟成させた後、後半で大きく展開し収斂させていくという構成であるが、今回は対立が前回ほどは明確ではない感じである為、終盤を別にするとピンと来ない部分が多い。(少なくとも僕には)本作のほうがお話をまとめるのは簡単で、主題を分析するのは難しい。

望みは高いが原体験の少ない未熟な若者と、経験を踏んだ分だけ人生をよく知る大人とが対立を構成し、最終的に若者が身の程を知るという形。亀の甲より年の功、という日本の諺を地で行ったというところだろうか。勿論そんな浅薄なことがテーマであるはずがなく、その間に色々と論議されることに現代トルコの、或いは世界の様々な問題が沈潜しているのにちがいない。
 イスラム圏だけに世代間のギャップがトルコでは日本以上に深刻な問題なのかもしれぬし、導師が現代的なバイクに乗っても良いのか、などというバカげた命題も彼らにとっては重要なのかもしれぬ。

そう言えば、信心と徳の関係性も沙汰されていて、この親子は徳という面で相当問題人間であるというのが面白い。特に、若者は知ったかぶって同郷の大作家に討論をふっかけてうんざりさせる辺りその独善性が凄まじく、そんな彼が競馬狂の父親に自分の認識不足を知らしめられるというところにお話の面白味が集約されていると思う。

若者が見る悪夢的な夢が時に挿入されて、かなりインパクトを残す。 “吊るす” という通奏低音もそこに秘められているようだ。最後の悪夢だけは、前後関係の脈絡から推して、父親が見た夢と理解する。総合的に、僕は、高踏派ぶりに降参した前作のほうを高く評価したい。

大学でトルコ語もちと習った。母音調和が使われる為、乱暴に言えば、“う段”で始まれば“う段”が続くような感じ。

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