映画評「ともしび」(2017年)

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年イタリア=フランス=ベルギー合作映画 監督アンドレア・パラオロ
ネタバレあり

本作はイタリア、フランス、ベルギーの合作。舞台はベルギーらしいが、監督アンドレア・パラオロがイタリア人なので、実質イタリア映画と見なしたい。
 21世紀の映画は、資本のグローバル化を別にしても、どこの映画か非常に解りにくなっている。1970年代までならカメラの使い方など画面を見ればイタリア映画と解ったものだが、本作の徹底したミニマルぶりは北欧の映画を観るようだ。
 この作り方からお話がきちんと理解できる人は、読解力が相当高い。僕は最小限の情報からある程度掴んだが、余りピンと来ない作品に終わったように思う。

70歳くらいの老婦人シャーロット・ランプリングは、演劇のトレーニング(演技ワークショップと言うらしい)に通っている。切れた白熱灯を替えてくれた夫アンドレ・ウィルムはやがてさびれた老人ホームへ行く・・・と思ったら、そこは留置所(裁判前らしいから狭義の刑務所ではない)なのだ。何をやったか解らないが、近所の若奥さんらしい女性の声で子供へのいたずらを糾弾する叫び声が聞こえて来る。これで老人は小児性愛者らしいことが判り、一本の線になる。

彼女が息子一家のところへ行くと息子により玄関前で追い払われる。映画はそれ以上の説明はしないので、具体的に何があったか解らないものの、彼が幼年時代から少年時代にかけて父親に性的な悪戯をされたことは間違いない。老婦人には何の罪もないはずだが、息子には恐らく子供を守ろうともしなかった母親に対する怒りもあるのだろう。

彼女は、夫と別れるという演技ワークショップでの役を演ずることができなくなり、愛犬も別の人に譲渡し、独り暮らしの世界に入っていく。夫の行状に何の抗議もできなかった彼女の人生哲学・人生観は、かくして、崩れ去る。

ミニマルな描写による一種の高踏派ぶりもさることながら、狙いも解りにくい。老婦人の悲劇と言って良いのだろうが、自業自得でもあって、挨拶に困る感じがする。

終盤に打ち上げられたクジラの死体が出て来る。フェデリコ・フェリーニ監督「甘い生活」(1960年)の腐った魚を見ている僕らは、このフェリーニへのオマージュのような場面の意味だけはよく解る。パラオロは、フェリーニが上流階級若しくは主人公の腐敗を寓意したように、この死んだクジラはヒロインだと言うのである。

同じ邦題のロシア民謡(厳密には歌謡曲)がありますね。ロシア人グループを接待した時カラオケ店で彼らはこの曲と「カチューシャ」を歌ったのを思い出す。残念ながら、僕はロシア語の歌詞は知らなかったので、共演はご遠慮申し上げました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント