映画評「誰もがそれを知っている」

☆☆☆(6点/10点満点中)
スペイン=フランス=イタリア=アルゼンチン=ドイツ合作映画 監督アスガー・ファルハディ
ネタバレあり

今やわが球団のスラッガーとして三塁打・本塁打を連発した感のあるアスガー・ファルハディとしては、単打どまりに終わった感が強い。印象としては初めて観た「彼女が消えた浜辺」くらいの出来栄えで、お話もその焼き直しのようなところがある。

アルゼンチンから14歳の娘イレーネと小学生低学年くらいの息子を連れて美人ラウラ(ペネロペ・クルス)が故郷であるスペインの地方に、妹アナ(インマ・クエスタ)の結婚式に参列する為にやって来る。失業中の夫アレハンドロ(リカルド・ダリン)は職探しの名目で同行していない。一族と旧交を温め、ワイナリーとして成功した幼馴染のパコ(ハビエム・バルデム)とも再会する。
 ところが、夜になり一連の結婚の騒ぎがたけなわに達した頃イレーネが姿を消し、翌日パコの妻ベア(バルバラ・レニー)の携帯電話に誘拐の事実を告げるメールが入り、やがて身代金を要求してくる。一族は最悪の事態を恐れて警察に通報せず、元刑事の意見を尊重し、パコが昔ラウラから買い取った土地を売ると村人にほのめかすことで一族の事情を知って犯行を思いついたに違いない犯人の動きを察知しようとする。
 妻の連絡を受けたアレハンドロもやって来る。

以上が、凡そのシチュエーションで、「彼女が消えた浜辺」と同じくミステリー趣向のお話を見せるうちに、関係者の人間関係が浮かび上がるらせるのが狙い。
 娘を心配する余りラウラはパコに資金源として土地を売らせようとし、イレーネがパコの最後の一夜でできた娘であるという秘密を告げる。パコはこれに動かされて土地を売り、自ら交渉現場へ直行する。それに傷ついたベアは去り、助けてくれたのが他人の筈のパコと知ったイレーネは何を思うか? そういう人間ドラマが生まれる。

営利誘拐という犯罪を契機に様々な人間関係を焙り出し、宗教まで絡めて来る辺りはちょっとドストエフスキーばりの図式であるが、この宗教部分については実はそれほど重要ではなく、ラウラは神頼みしかしない夫アレハンドロを軽蔑するしかないし、我々観客としても彼はパコの引き立て役にしかなっていないのに唖然とする次第。
 土地と妻を失ったパコが一方的に損をしたように見えるが、子供のいなかった彼にとって案外そうでないかもしれない、という皮肉が込められた内容になっているわけである。

といった具合に、総合的に決してつまらなくないのだが、映像記憶の良くない僕のような者にとって辛いのは、一族の登場人物が多く、かつ、それが解りやすく整理されていないこと。中でも、ラウラとその妹アナ、姪ロシオの外見が似ていて、僕は途中の種明かしで少々混乱したと打ち開けておく。それが為にちょっとピンと来ないまま終わったのである。最初からピンと来ていれば★一つ追加できたところ。

「誰もがそれを知っている」ということは、パコもそれ(イレーネが自分の子供であること)を知っていた可能性が高い。つまり・・・

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