映画評「キラー・インサイド・ミー」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2010年イギリス=アメリカ=スウェーデン=カナダ合作映画 監督マイケル・ウィンターボトム
ネタバレあり

10年前の旧作に属するが、一時に比べると映画の変化の進行が遅くなっているのか、10年前の作品という印象を全く受けない。何故か見落としていたが、今回監督としてマイケル・ウィンターボトムの名前に気付いて観ることにした。

1950年代(車の様子から言って多分後半)のテキサスの田舎町。保安官代理ケイシー・アフレックは純朴な好青年だが、郊外に住むよそ者の娼婦ジェシカ・アルバに説教するつもりで会う。彼女にピンタを貰ったことで暴力的な性向が芽生え、同時に彼女と懇ろになる。幼馴染の女教師ケイト・ハドスンとも昵懇の仲である。
 そんな折、組合関係の男から実業家ネッド・ビーティーをつぶせと言われた彼は、ジェシカと駆け落ちするしようと家を訪れたその息子を犯人にするつもりで彼女を殴殺、その現場に訪れた息子を射殺する。地方検事はこの事件に疑惑の眼を向けるが、知能指数の高そうなアフレックは巧みに追手の罠を潜り抜け、彼の弱みを握って脅しに来た浮浪者が来るのに合わせて、駆け落ちと思わせて呼び寄せたケイトを前回と同じように事前に殴殺し、逃げだした浮浪者を別の保安官代理に殺させる。
 しかし、検事は一連の事件で彼を有罪にできる証拠を握ったようで、遂にアフレックを逮捕・拘留する。さて、この後どう一件落着するか?

アメリカの作家ジム・トンプスンの同名(日本では「内なる殺人者」の邦題で出版されている)小説の映画化で、アフレックの行動が一般の行動原理から外れていて解りにくい。しかし、主人公は恐らく異常者ではないものの、常識を取っ払ってしまった人間なので、99%の映画の登場人物と同じように考えるとダメである。

明確な心情が解らないのが些か弱いと同時に、それが故に、(突然生まれる犯罪性向にドストエフスキーの登場人物に似た屈折ぶりを感じさせる)主人公が起こす事件は、道徳的な意味ではなく人間存在の不条理を示しているようにさえ感じられる。その辺りがちょっと面白いのだが、予想した通りに実は死んでいなかったジェシカが現れて迎える幕切れはすっきりしない。僕は、あれは夢ではなかったかと思うことにする。

僕は毎日夢を見る。今日はエンジニアだった友人と技術仕様書をめぐって話をする、かなり実感を伴う夢だった。多分昨日観た「チャーリーズ・エンジェル」にエンジニアの女性が出て来たからだろう。単純だね。

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この記事へのコメント

2020年10月01日 11:47
これはケイシー・アフレックがうまかったですね。あの平板で金属がこすれるような声の喋り方、なにかが生来欠落していて、表面的にはそつなくやってるようで、じつは他の人たちがあたりまえにわかっていることがわかっていない、そういうタイプの主人公。そして、自分でも、自分が周囲からずれていることに気がついている。どうしようもないんですね、当人的にも。
どこに行こうが自分からは逃れられない、そのことを自覚したが故のラストだったと受け止めました。
オカピー
2020年10月01日 22:28
nesskoさん、こんにちは。

>どこに行こうが自分からは逃れられない、そのことを自覚したが故のラストだったと受け止めました。

なるほど。そういう風に理解すると、話として落ち着きますね。
僕としては、後味が悪くて、夢と思い続けますが(笑)