映画評「欲望」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1966年イタリア=イギリス合作映画 監督ミケランジェロ・アントニオーニ
ネタバレあり

先日「渚にて」(1959年)を観てミケランジェロ・アントニオーニ監督の「太陽はひとりぼっち」(1962年)を思い出し、難解だが魅力的なこの作品を何となく観たくなった。

若手売れっ子写真家デーヴィッド・ヘミングズが公園で初老男性と若い女性の密会模様を盗み撮りする。それに気づいた女性ヴァネッサ・レッドグレーヴが何とかネガを取り返そうと、最終的にはスタジオに現れる。彼はうまく接してモデルまがいのことをさせた後偽のネガを渡し、住所を聞いて帰す。本物のネガを焼き付け引き延ばして(原題はBlowup)みると、何やら銃らしきものが映っている。別の写真に死体も見出す。
 夜その現場に行ってみると確かに死体がある。それを友人に話しても全く取り合ってくれない。現像した写真は消え、翌朝公園へ行くと死体もなく、そこへ映画の冒頭で彼が金を恵んでやったパントマイム・グループが現れ、ボールもラケットもないテニスを始める。見えないボールを返した彼はやがて消える。

現在ジャン=ポール・サルトルの長大な哲学書「存在と無」を読んでいるが、この作品は彼が論じている実存哲学を具体的に見せる映画のように感じられる。そこまで難しく考えないまでも、ヘミングズは恐らく実は分身に過ぎない二人の若者を演じ、最終的に夢幻的な作品と思えて来る次第。二人とは、労務者宿舎のようなところから出て来た若者と写真家である。薄汚れた格好で車に乗った労務者ヘミングズは、町のショットを挟んだ後、高級車に乗るカメラマンとなっている(労務者ヘミングズはこの後一切出て来ない)。ドラマツルギー上二人を別人と考える理由はない。労務者が自分が写真家になった夢を見ていると考えるとこの後の展開に整合性が出て来る。

(訂正の為の追記)
この点に関し、常連訪問者のモカさんがアイデアを授けてくれたので、ざっと見直した後に僕なりに整理した文章を追記します。
 結論から言うと、労務者は党務者宿舎内を撮る為に変装して潜入した写真家その人である。まず恐らく正体に気付いた労務者らしい数名に絡まれている。車が違うのは、僕らの感覚よりはずっと長い時間が経てい、どこかで車を乗り換えたからと思われる。ロールスロイス内に紙袋に入ったカメラが見える。ここで大事なのはカメラではなく、カメラを入れた紙袋である。アシスタントに服を始末しろという台詞もある。編集者に見せる組写真は労務者宿舎の様子。この二人が、夢などとは関係なく、同一人物であることが判るように極めて現実的に作られていた。ちょっとしたミスリード(mislead ならぬ misread)ならブログ開設以来何回もしてきたが、ここまで大きな誤読は初めてではあるまいか。
 そもそも僕は細部を丁寧に見る方ではなく、ざっと見て俯瞰的に作品を論ずるタイプである。“木を見て森を見ず” になるのをなるべく避けている。今回も森に関してはそう的外れでもないと思うが、森に近い大木に関して相当間違えた。印刷物でなくて良かったなあ。
 以下には、この理解により、少し整合性が取れないところが出て来るが、そのまま記載します。
(追記終り)

しかし、労務者自体が夢の存在ということも考えられる。ある人の意見を参考にすると、写真家の乗るロールスロイスのナンバーから推して夢を見ている人は実年齢73歳で、家の住所(39番)から推して写真家の彼は39年前の彼ということになるようだ。或いはヴァネッサと密会している初老男性は現在の彼なのかもしれない。
 密会現場を撮られたヴァネッサが、ネガを取り戻しに現れる。この辺りはミステリー趣味が出ているが、夢の中だとしたら前後にちょっと変な繋ぎがあっても文句を言うに及ばない(ここで言う夢は、僕の考えた若い労務者ではなく、画面には直接出て来ない、若しくは写真に写る老労務者によるもの)。

パントマイムのグループは開巻直後にまず街角に現れて、それに呼応するかのように労務者の群が出て来る(カットバック)。言わば古代ギリシャ演劇のコロスのような立場で、最後にまたまたヘミングズと出会う。見えないテニスを見るうちに彼は彼らの虚像に感応し、彼自身が虚像となって消失する(一方、虚像だったテニスは、彼が見えないボールを返した後ボールを打つ音を伴う実像になる=映像は映されない)。

実際には全編に渡って実在と非実在の間の揺れを見せるような内容だが、1960年代半ばの文化・風俗をたっぷり盛り込んだ実際的な情景に徹しているので、夢幻的な印象は終盤のシークエンス以外全く覚えない。それは、アントニオーニの当時の実存主義的な境地を示しているように思う。

ジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックが割合ポップで部分的にジャズ色を濃くするスコアを書いている以外に、途中豪華にもジミー・ペイジとジェフ・ベックの二人が在籍していた時代のヤードバーズが出て来るので、音楽ファンは必見・必聴。アンプの不調に気を悪くしてギターを壊すのがジェフ・ベック。反対側でペイジが涼しい顔をしている、という見せ方が面白い。

ハイデッガー「存在と時間」を読んだことがあるので、関連するところのある筈の「存在と無」はもっととっつきやすいと予想していたが、とんでも八分。形而上哲学は難しい。一週間かけて三分の一を読み終えたところ。

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この記事へのコメント

モカ
2020年09月18日 12:48
モカ
2020年09月18日 13:11
こんにちは。

PCが日に日にヨロヨロとポンコツと化してきまして、失礼いたしました。

これはフリオ・コルタサスの短編「悪魔の涎」が原作だったんですね。10年くらい前にコルタサスの短編集を読んで、「悪魔の涎」が「これに似た話は映画でみたぞ~」と思って、訳者の後書きを読んだら確かアントニオーニが「欲望」として映画化したと書いてありました。
が、あんまりピンとこなかったです。原作には当然ですが、”ヤードバーズ” なんて出てきませんしね。
同じ短編集に有名な(?)「南部高速道路」が入っていましたが、こちらはヌーヴェルバーグの誰かが映画化していても良いような内容でした。というより誰か映画化してるんじゃないか?とも思いました。
ゴダールの「ウィークエンド」のワンシーンを思い出したので、ひょっとしたらヒントを貰ってるかも、ですね。

コルタサスはデュ・モーリエに少し似ていて、ふと思い出した短編はどちらの作品かわからなくなる事があります。

U-NEXTで観られるので半世紀ぶり(!)に観てみます。

モカ
2020年09月18日 18:40
先生、観ましたよ! 早いでしょう!?

>二人とは、労務者宿舎のようなところから出て来た若者と写真家である。薄汚れた格好で車に乗った労務者ヘミングズは、町のショットを挟んだ後、高級車に乗るカメラマンとなっている

 ここの所の謎は解明しました。 よーく見ると、彼は粗末な紙袋を持って工場に入って行きますが、一見貧しい昼食のサンドイッチかなんかが入っているように見せかけた紙袋にはカメラが入っています。
その後ガード下のような所で3,4人の労働者に何やら詰め寄られてから車に乗り込みます。
途中で車が変わってますから何処かで乗り換えたのでしょう。
スタジオに帰ってきたらまずアシスタントにフィルムを渡して髭をそって着替えます。
さっきまで工場に潜入していた時に着ていたボロ服(紫色のシャツとグレーのズボン)をアシスタントに捨てておけ、と渡して小ぎれいなお洋服に着替えます。
 という事で労働者の写真を撮るためにワザと髭を生やしてボロ服を着て潜入したと思われます。ガード下で詰め寄られていたのは、正体がばれるか経営者側のイヌと思われたかで追い出されたのでしょう。
その後編集者に売り込んでいる写真がその時のものかと思われます。

「インスパイアード バイ コルタサルの短編」でストーリーは「バイ アントニオーニ」とクレジットされてましたね。
コルタサルは写真の件のネタ元ですね。

それにしても唐突にヤードバーズとは? 
アントニオーニ、ヤードバーズが好きだったとか? そうは思えませんが・・・ジミー・ペイジ可愛い・・・

ところで今日はジミヘンの没50年であります。1970年9月から怒涛の如き何か月が始まり、来月はジャニスで11月は三島です。
あれから50年・・・
オカピー
2020年09月18日 22:03
モカさん、こんにちは。

>ここの所の謎は解明しました。

先生は大ミスを犯しましたよ(笑)。これは間違えてはいけなかったなあ。モカさんにより提示され確認した部分を追記しました。

死体が消える辺りまで、表面的上は(!)極めて現実的に進んでいたと確認できました。

>紙袋にはカメラが入っています。

ロールスロイス内にカメラの入った紙袋が映る。大事なのはカメラではなく、カメラの入った紙袋ですね。

>3,4人の労働者に何やら詰め寄られてから車に乗り込みます。

何か言っているので、聞き取ろうとしたものの、解らず。

>途中で車が変わってますから何処かで乗り換えたのでしょう。

僕らの感じるより長い時間が経っていたようですね。

>スタジオに帰ってきたらまずアシスタントにフィルムを渡して髭をそって着替えます。

ありました^^;

>コルタサスはデュ・モーリエに少し似ていて、ふと思い出した短編は
>どちらの作品かわからなくなる事があります。

デュ・モーリエに似ているなら面白そうです。いつか読んでみましょう。

>アントニオーニ、ヤードバーズが好きだったとか?

後年の「砂丘」では、人気の出始めたピンク・フロイドを使っていますし、先鋭的なロックに関心があったのかもしれません。
2020年09月18日 22:55
ブライアン・デ・パルマの「ミッドナイトクロス」原題:Blow Out は、この映画にインスパイアされて作られたそうですね。この映画だと、写真家が写真をblow upするんですね、でも自分が見たはずのものがそこにない、と。内容は、難解そうですね、未見ですがヤードバーズが出ているというのは聞いたことがあります、ロック雑誌で読んだんでしょう。アントニオーニ、じつはあまり見ていない、「太陽はひとりぼっち」はテレビで見たような気がするのだが内容覚えていない。ゴダールのほうが私はとっつきやすいです。
2020年09月19日 13:15
この映画についてちょっと見てみて、見る人によってはいろんなことを考えられるような作品になっていそうですが、主人公はカメラで自分がとらえたものは確かだと信じていたんだけど、でも……という話で、カメラマンはエゴが強いというか自意識の強い男性の戯画で、それは監督自身の戯画でもあるでしょう、それが、実は当人が思っているほどには物事がちゃんと見えていないし、自分の思い込みは絶対的なものではないんだよ、という、そういう一場面を描いているのではないですかね。
女性についての認識も、ゴダールに通じるものがあって、それは一面当たっているでしょう、少なくとも男性からするとそのような存在になるでしょう、というのがあるんで。

デ・パルマだけでなく「エルム街の悪夢」のウェス・クレイブンが、この映画を観て大変衝撃を受けて、そして自分も映画を撮りたいと思うようになったそうで、おそらく青春期に見た一部の若い男性には非常によく伝わった何かがあったんでしょうね。
モカ
2020年09月19日 16:33
こんにちは。

>実際には全編に渡って実在と非実在の間の揺れを見せるような内容だが

 「実在と非実在」という言葉を使うと哲学的でさらに難しくなってしまいますので、「現実と非現実」くらいがこの映画にはいいかもしれませんね。 
昨日からコルタサルの作風を思い出そうとしているのですが、手元に本がないので何とも心もとないのですが、スカスカの頭を酷使して色々考えてみました。
 「悪魔の涎」では写真を写した本人がいつの間にか写真の中に入っていってたんでしたか・・・違ってたらすいません。
 「写真」というのは現実であり非現実でもありますから、両者の間を触れ動く媒体としては適任でしょう。
 この映画で非現実(異界?)になる契機は「幻の市街戦」での精神病院から逃げ出してきた患者集団を思い起させるトラックに乗った白塗り軍団かもしれません。 
(文化人類学的には化粧の起源は呪術や非日常への入り口? ) 
ま、それはともかくとして、隣のサラ・マイルズに殺人事件があったと語ったら、彼女に「殺したの」と聞かれて「わからない」と答えていましたので、拡大した写真(粒子の集まり)を凝視しているうちに非現実の世界に入り込んでしまったんじゃないでしょうか。
この曖昧な世界は小説のほうが表現しやすいでしょうね。

サルトルは全く、かすった事もありませんが、我が邦には梶井基次郎がいました。
「視ること、それはもうなにかなのだ。自分の魂の一部或るひは全部がそれに乗り移ることなのだ。」
               「ある心の風景」より

 埴谷雄高も1960年代末に「存在の文学」と題して講演しており、20世紀は存在の文学の時代であり梶井の「闇の絵巻」とサルトルの「嘔吐」を取り上げていました。
 (リテレール 1993年 より抜粋)
ヒントは意外と足元に転がっていたりして・・・


 
オカピー
2020年09月19日 18:09
nesskoさん、こんにちは。

>ブライアン・デ・パルマの「ミッドナイトクロス」原題:Blow Out

インスパイアされたことはずっと後になって知りましたが、「ミッドナイトクロス」が公開された頃、「欲望」と題名がダブル印象があったのを憶えています。

>実は当人が思っているほどには物事がちゃんと見えていないし、
>自分の思い込みは絶対的なものではないんだよ

心理学的な分析ではそういう感じになりますし、これをデカルト以降の哲学と付き合わせた時に存在論的分析もできるわけですが、もしアントニオーニがサルトルを意識しているのであるとすれば、(一見正反対に見えるのですが)人間なる存在を強く肯定していることになると僕は踏んでいます。

>「エルム街の悪夢」のウェス・クレイブンが、この映画を観て大変衝撃を受けて

へえ~、それは知らなかったなあ。現実と夢との交錯具合に影響が見えましょうか?
オカピー
2020年09月19日 18:47
モカさん、こんにちは。

>「悪魔の涎」では写真を写した本人がいつの間にか写真の中に
>入っていってたんでしたか・・・違ってたらすいません。

僕も解りません(笑)。
 モカさんが“すぐやる課第2課”を実践してくれたので、お返しに僕も図書館から借りてみようかな。今回は貸出期間の長い県立で10月6日まで足を運ぶ予定がないので、すぐやる課とは言えないのですが。

>文化人類学的には化粧の起源は呪術や非日常への入り口?

そうかもしれません。昨年読んだフレイザーの呪術に関する長大な書「金枝篇」が、あるいは触れていたかもしれませんが、憶えておりません^^;

>我が邦には梶井基次郎がいました。

ほおっ! 高校の時に全短編を読みましたが、存在論とは結びつかなかったなあ。そう思って読むと面白そう。

>「視ること、それはもうなにかなのだ。自分の魂の一部或るひは全部がそれに乗り移ることなのだ。

何だか、サルトルが回りくどく言っていることを端的に言っているような気がします。哲学と小説は違うということですね。
 サルトルの偉いのは、具体的な例えや小説を繰り出して来るところ。僕がこれまで読んだ哲学史上に残る哲学書はそういうのが一切なかった。例えがあっても一向に解りやすくならないのですが(苦笑)。
モカ
2020年09月19日 23:08
こんばんは。

>”すぐやる課第2課” すぐ観る係のモカです。
 すぐ観ますけど、すぐは読めないです。
 あぁ・・コルタサルをもう一度じっくり読みたいのですが、なんと! お取り寄せしたウィルキー・コリンズの「白衣の女」が図書館で待っております。 上・中・下ですからね~ (何故か威張ってます)読めるんかい???なんですが・・・ 

 コルタサルの感想は来年の新春特番でご披露されるのを楽しみに、それまでにコリンズをやっつけて私も再読しておきたいものです。

 コメント書いてませんけど、「ネバダ・スミス」も半世紀ぶりに観ましたです。最後の仇討は直ぐに殺さなくても、ほっときゃ絶望のうちに感染症と冷えと出血多量で死んでしまうでしょう。
ヘリでレスキュウー隊が来るわけでもなし(笑)
「殺せ」と頼まれてたってそんなにすぐに楽にしてやれませんがな。
オカピー
2020年09月20日 18:18
モカさん、こんにちは。

>ウィルキー・コリンズの「白衣の女」

「月長石」を読んだ後、暫く頭の中のリスト(パソコンに作ったリストとは別)にあった作品ですが、長いので暫く放置新聞。
 しかし、パソコン・リストの西洋小説部門をほぼ読破したので、来年あたり読むかも。

>最後の仇討は直ぐに殺さなくても、ほっときゃ絶望のうちに感染症と
>冷えと出血多量で死んでしまうでしょう。

西部劇だけを見るような輩は、モカさんのようなグレイ・ゾーンでは満足しないのでは? 具体的に目に見せて白か黒かをはっきりさせないと納得しないような単細胞でしょう。この場合の単細胞は、必ずしも馬鹿という意味ではないです(本当か?)

そうそう、この間、ニーナ・シモン初期の(Allmusicで)評価の高いLP二枚を合わせて一枚のCDを作りました。Nina Simone at Town Hall と The Amazing Nina Simone というLPです。ご存知ですか?
 最初余りピンと来なかったですが、ある程度聞いたら面白くなってきました。聞き込むのはこれからです。
モカ
2020年09月20日 21:54
こんばんは。

映画の冒頭の労働者宿舎?に潜入したあの一件ですが、実は先日観終わった時点でまったく忘れていました。それからオカピー先生の評を読んで、じっくりと見返しました。
それであの部分は観る者を煙にまくようにワザと作っているように思います。
普通ならガード下で何事か責められている場面は彼らの台詞を聞かせるのがフェアですけどそうはしていません。 それに車に乗る場面もどうも車が2台停まっていて後ろの車に乗ったようにも見えます。謎かけのような数字も怪しいです。
何だか謎っぽく見せかけておいて、ボロ着の件でアリバイ工作をしているようで、捨てるように命じられたアシスタントがワザとその辺に置きっぱなしにして、カメラマンが隣の画家の家に行くとき裏口のゴミ箱に捨てています。
 アントニオーニさん、どういうつもりだったんでしょう?

好意的に解釈すると、その第一のエピソードはカメラマンが被写体の中に潜入して、撮影する側の人間として何事もなくそこから脱出したわけです。
次に白塗り集団と接触して現実世界が少しずれだして、第二のエピソードでは写した写真の世界との関りが尋常ならざる方向に動きだします。ここはコルタサルからインスピレーションを得たとしたら、夢ネタや人間の思い込みというレベルじゃなくて説明のできない非現実の世界に入っていると思ったほうが面白いところだと思います。
そして終盤再度白塗り集団に出会って、とうとう彼自身も消えていまいました。 消えましたよね?
古典劇の事は何もわからないのですが、古典劇の時、お芝居(虚構)の前後に道化が出てきたりするイメージがあるんですけど、どうなんでしょう?ご教示ください。

昨夜、ロックレジェンドのヤードバーズ編を見たら、アントニオーニはフーにオファーしたけど断られ(ほかにも2グループ)
ヤードバーズになったようです。それでジェフ・ベックはタウンゼントばりにギターを叩き壊したらしいです。

ニーナ・シモン、興味をもってくださってありがとうございます。ニーナの正規盤はほぼ全部持っています。今日は長々と訳の分からんことを書いてしまったので、この件はまた後日ゆっくりと・・・
涼しくなってきましたので風邪など召されませんように・・・
丈夫だけが取り柄のモカですが夏風邪をひいてしまい、この時期、コロナかも?となると話がややこしくなって自粛生活しておりました。
おかげで「欲望」も1回半観ましたし、「ネバダ・スミス」まで観てしまいました。風邪の功名ですか・・・あ、ただの風邪でした。 多分・・・
オカピー
2020年09月21日 19:23
モカさん、こんにちは。

>車に乗る場面もどうも車が2台停まっていて後ろの車に乗ったようにも見えます。

二台停まっていますが、後ろの車は白っぽいので、後で出て来るロールスロイスとは違うようです。

>撮影する側の人間として何事もなくそこから脱出したわけです。

僕の理解においても、そういう風に落ち着きました。

>次に白塗り集団と接触して現実世界が少しずれだして、
>古典劇の時、お芝居(虚構)の前後に道化が出てきたりするイメージが
>あるんですけど、どうなんでしょう?

本文でも書いたように、古代ギリシャでは数名から十数名の連中が物語の初めと終わり、そして大概その間に二、三度現れ、口上みたいのを述べたり、狂言回しになったりするグループをコロス(コーラスの語源)と言い、本作の白塗り集団はそれに相当すると僕は直感しました。喜劇では道化のグループだったこともあると思いますが、主に道化は16世紀から17世紀くらいの演劇によく出てきます。
 いずれにしても、あの連中が主人公を、あらゆる意味で、動かしているのは確かでしょう。僕は、白塗りではないですが、途中のデモ隊も中間に現れるコロスと踏んでいます。

>とうとう彼自身も消えていまいました。 消えましたよね?

消えました。夢か哲学か幻か(笑)

>れでジェフ・ベックはタウンゼントばりにギターを叩き壊したらしいです。

経緯は知りませんでしたが、見ながらフーみたいだなとは思いました。

>ニーナの正規盤はほぼ全部持っています。

凄いです。この分野はこれまで門外漢だったので、色々と教えてください。
モカ
2020年09月23日 21:01
こんにちは。

梶井は私も高校時代に読みました。梶井の作品は小説というよりは散文詩に近いでしょうか。

ニーナ・シモンですがレーベルは
 ベツレヘム → コルピックス → フィリップス → RCA →? と変わっていっていたと記憶しています。

 デビューアルバムでベツレヘムからでた「LITTLE GIRL BLUE」
は今でも人気があるようです。表題曲はジャニスも歌ってましたね。
 ニーナ・シモンは基本的に駄作はないのですが、コルピックス時代は少し地味というかまだ本領発揮しきれていないように思います。ALL MUSIC でしたか? が、コルピックス時代の2枚を名作としているのはちょっと疑問です。名作ではあるけれど、もっと名作があるので・・私もアメイジングは昔よく聴きました。

 入門という言い方は失礼かもしれませんが、取っつきやすいのはRCA時代の「HERE COMES THE SUN」でしょうか。
 ラストの「MY WAY」だけでも聞いてみてください。

キング牧師が暗殺された数日後のライブを収めた「Nuff Said」
のなかの「WHY」(急遽作られた追悼曲)もすごいのでこれだけでも聴いてほしいです。ニーナ・シモンは日本ではマイナーな扱いをされ続けていますが、未だに若いミュージシャンがトリビュートアルバムを作ったり、彼女のナンバーだけを歌うコンサートを開いたりしていて、存命中は黒人のコミュニティからはアレサと並ぶくらいの支持をされていたそうです。

 ちなみに私が19歳で初めて聴いたのはフィリップス時代の
「PASTEL BLUES」です。これは「HERE COMES・・」に比べるとブルースなのでもう少しブラックでハードです。
このレコードのラストの「SINNER MAN」が映画で使われた時は若い人たちがニーナ・シモンって誰?状態でCDを探しまわっていたらしいです。ジャケの写真を見て女だったと気づいた輩もいたとか・・・
 
オカピー
2020年09月24日 17:57
モカさん、こんにちは。

>梶井の作品は小説というよりは散文詩に近いでしょうか。

ストーリー性が希薄ですし、そう言って良いでしょうね。

>コルピックス時代の2枚を名作としているのはちょっと疑問です。

Allmusicもこれだけを良いと言っているわけではないのですが、初期だけに目立ったので。このサイトの彼女の担当者は概してライブ(ステージ)での評価が高いですね。

>取っつきやすいのはRCA時代の「HERE COMES THE SUN」でしょうか。

Allmusicでの評価はそこそこですが、これもCD化の候補。My Way だけにはしません^^。カップリングするのはどれが良いでしょうか。

>キング牧師が暗殺された数日後のライブを収めた「Nuff Said」

これは全体としてはCD 化はできそうもありません。Why という曲は聴けました。無念が伝わる内容ですが、凄味のある歌唱ですよねえ。

>「PASTEL BLUES」です。このレコードのラストの「SINNER MAN」が
>映画で使われた時はジャケの写真を見て女だったと気づいた輩もいたとか

これは全曲きちんと揃っているので、やろうと思えばCDも作れます。Allmusicは Nina Simone Sings the Blues に満点をつけていますが。
 それはともかく、かなり低い声ですから、曲によっては男性に聞えますよね。
モカ
2020年09月24日 22:34
こんばんは。

☆ Nina Simone ☆

 社交辞令ではなくて真摯な姿勢で(大げさですか?)で聴こうとしてくださって感激です。 この半世紀近くで、同好の士に巡りあえたのは割と最近で、それまでは寂しいもんでした。

 「sings The Blues」良いですね。ジャケの裏面に
 NINA SIMONE ”WITH HEART AT ALL TIMES”
  と書いてあります。 苦手な人はホントに苦手だろうな、とは思うニーナ・シモンですが、上の言葉に偽りはないと思います。
 ただ、ブルース系ならやはり一番最初に聴いて衝撃を受けた
 「Pastel Blues」に較べると「sings The Blues」は小ネタ集のような感じがします・・・
アヒルのヒナが最初に見たものを親だと思うように、007はショーン・コネリーが一番(というかそれ以外は見たことがない)でニーナ・シモンは「Pastel Blues」が私にとっての原点のようです。 
だから本来は何をさしおいてもこれをお勧めしない訳にはいきませんのですが選曲もインパクトが強いので、敢えて若干癒し系でお馴染みの曲の入った「Here Comes The Sun」をまずはお勧めした次第です。

 「’Nuff Said」に限らないようですが最近リマスターCDが出ているようで、随分ボーナストラックを入れているみたいです。
 実際はそんなに長いバージョンじゃなくて、昔のレコードでも1曲ボーナストラックを入れてなんとかLP1枚の体裁にしたようです。(ボーナストラックが場違い感あってぶち壊しです)
10曲目の「Take My Hand・・」までが1968年4月7日のウェストバリーミュージックフェアの録音とのことです。(50年近く前のレコードの岩浪洋三氏の解説より)
 
オカピー
2020年09月25日 18:36
モカさん、こんにちは。

>社交辞令ではなくて真摯な姿勢で(大げさですか?)で聴こうとしてくださって感激です。

どういたしまして。ヴォーカルは僕の弱点ですので、凄い人を紹介してくれて勉強になります。
 YouTubeでCDが作れると知って、もう20年くらい生きたくなりましたよ。それまで耳が持つか解りませんが(母親が晩年難聴になりました)。

>この半世紀近くで、同好の士に巡りあえたのは割と最近で、それまでは寂しいもんでした。

社会人になりたての頃、マージ―ビート(リヴァプール・サウンドとほぼ同義語)に詳しい先輩に出会って感激しましたが、間もなく退社されて、碌に話もできなかったという残念な記憶があります。
 現在は、ビートルズについてすら碌に話せない環境におり、欲求不満がたまります。

>アヒルのヒナが最初に見たものを親だと思うように、007はショーン・コネリーが一番

その例えは実に面白い、と言いますか、可笑しい。
 僕がビートルズに比べてクイーンが好きになれないのはそういうことでしょうか?

>「Pastel Blues」が私にとっての原点のようです。 
>「Here Comes The Sun」をまずはお勧めした次第です。

この二枚は最低CD にします(買うと言わなくて済むのはラッキー)。しかし、これを抱き合わせるのは妙らしいので、互いに近い時期の似た傾向のを合わせてみます。彼女のLPは40分を越えないのが多そうなので、二枚で一枚にしやすいのが良い(場所があればそれぞれ一枚に作れば良いのですが)。

>(ボーナストラックが場違い感あってぶち壊しです)

そういうことが多いです。有難迷惑というやつですね。
モカ
2020年09月25日 22:05
こんにちは。

サルトルは読み終わりましたか? 眉間のサルトル皺を伸ばして差し上げようと、ささやかながらアホな事を書いているのです。(ボーナストラック並に、余計なお世話?)


>互いに近い時期の似た傾向のを合わせてみます。

RCA時代なら「To Love Somebody」あたりがディランやビージーズのカバーが入っていて違和感がないかもですね。

 ニーナ・シモンやサルトルに疲れたときは、
 Rose Murphy などがよろしいかと・・・youtubeで可愛い声とお姿を見ることができます。
 
ビートルズとクイーンですか・・・クイーンはわかりませんです。何せ1972年あたりで時代と共に歩むのを止めてしまいましたので・・ビートルズも1970年のどこかに置き忘れてましたが、10年くらい前に何とか関係回復することができました。
やっぱりビートルズとストーンズは2大原点です。
当時ショーン・コネリーと加山雄三が2大胸毛俳優でした(笑)
オカピー
2020年09月26日 19:00
モカさん、こんにちは。

>サルトルは読み終わりましたか?

現在の計算では、丁度月末に読み終わるはず。これでも相当なスピードで読みましたが。小説を読むようなわけにはいかない。

>眉間のサルトル皺を伸ばして差し上げようと、
>ささやかながらアホな事を書いているのです。

有難うございます。
 サルトル皺などという表現は、硬いものばかり読んでいるとなかなか出てきません。洒落てるう(笑)。

>RCA時代なら「To Love Somebody」あたり

これは合いそうです。決まりです。

>Rose Murphy などがよろしいかと・・・youtubeで可愛い声とお姿を見ることができます。

いやあ、本当に可愛らしい。Honeysuckle Rose というのが特に気に入りました。声優の水垣洋子の歌みたいに可愛らしい。

>ビートルズも1970年のどこかに置き忘れてましたが、
>10年くらい前に何とか関係回復することができました。

有難うございます(?)
ビートルズを置き忘れては勿体ないです^^

>やっぱりビートルズとストーンズは2大原点です。

ストーンズの持っていないCDの製作に邁進中。苦労するのがライブ盤で、ばらばらにUPされているのを、ソフトを使って一つにまとめ、曲間の隙間を取り去った後、再び分解する。それをCDにすると、綺麗に繋がってしかもトラックが別になって解りやすい。結構時間がかかるデス。
 先ほど、Get Yer Ya Ya's Out というライブ盤を終わらせ、現在確認のため試聴しながら書いております。昨日は Got Live If You Want It というのをやりました。
モカ
2020年09月26日 21:16
こんばんは。

翔猿という力士が活躍しているみたいです。
猿取皺・・皺取猿・・そんな猿がいたら面白い。
膝枕で蚤取じゃなくて皺取マッサージをしてくれたりして。

実存主義のミューズ、ジュリエット・グレコが亡くなりましたね。
何かの映画でレジスタンスの歌手役(?)だったのを観た記憶があるのですがそれが何だったのか思い出せません。
ご存じないですか? 黒服でレジスタンスの隠れ酒場のような所で歌っていたような・・・

ニーナ・シモンは「シルク&ソウル」か「A Very Rare Evening」
のほうが良いかもしれません。「To Love・・」はちょっとお疲れ気味に聞こえます。

CD作り、楽しそうですね。聞いてる時間よりプロセスが楽しいとか・・・私も長生きして施設に放り込まれたら観たり聴いたりする物件をため込んでます。 長生きしすぎたら再生装置がなくなってたりして(笑) 
オカピー
2020年09月27日 20:37
モカさん、こんにちは。

>翔猿という力士が活躍しているみたいです。
>猿取皺・・皺取猿・・そんな猿がいたら面白い。

丁度良いタイミング(?)で活躍してくれましたね。モカさんのこの書き込みを読むまでこの力士は全く知りませんでした。
 僕もサルトルの名前から、猿は頭に浮かびましたよ。具体的に何を考えたわけでもないですけど。

>実存主義のミューズ、ジュリエット・グレコが亡くなりましたね。
>何かの映画でレジスタンスの歌手役(?)だったのを観た記憶がある

この間「悲しみよこんにちは」を再鑑賞した時に、ジュリエット・グリコについて調べましたら、まだご存命でしたので、少しびっくり。僕がびっくりしたせいか知りません(笑)が、それからひと月余りで亡くなってしまいました。

ジョン・ヒューストンの中で最も出来の悪い作品の可能性がある(未見)「自由の大地」という作品が、アフリカを舞台にしていますが、民族運動的なお話で、ジュリエット・グリコは流れ者の歌手という役。多分これではないかなあ。

>ニーナ・シモンは「シルク&ソウル」か「A Very Rare Evening」のほうが良いかも

後者はライブ盤では余り有難くないバラバラ状態。At Town Hall は丸ごとアップされていたので、分解するだけで良かった(しかし、油断は禁物で、まとめたものでも、一旦ばらしたのをまとめた後修正せずにUPしたものあり。そういうのはこちらで修正しないといけない。それでも楽ですが)。
「シルク&ソウル」もちゃんとアップされています。有難い。

>CD作り、楽しそうですね。聞いてる時間よりプロセスが楽しいとか・・・

当たらずといえども遠からずですね^^
 LPを作る場合は、同じUP者にしないと、音質等が一定しない可能性があるので、なるべく揃えるようにしています。しかし、ダウンロードした音源を自由自在にいじれるサウンドエンジンというアプリは優れもの(しかも無料)。
 ライブ盤の分割はWAVE(拡張子の名前)に限ります。MP3は容量が小さく済みますが、分割するとつなぎ目でノイズが入ってしまいます。