映画評「蜜蜂と遠雷」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・石川慶
ネタバレあり

恩田陸の原作がベストセラーで、比較的有名な俳優を集めながら、王道の作り方を避けたところが実に良い。

クラシック音楽のコンペティションに臨む複数の出場者に焦点を当てた作品にその名も「コンペティション」(1980年)というアメリカの秀作があるが、あちらは恋愛感情も交えているし、現在的な感覚で観るなら本作のほうが上と言っても良いくらい。

4人の出場者の音楽にかける思いを綴る群像劇で、映画はそのうちの紅一点栄伝亜夜(松岡茉優)を軸に構成している。彼女は、母親を亡くした直後、幼い時にコンペティションを立ち去った天才少女で、7年ぶりの復活を期す。ご本人はもっと達観したもので、“ダメもと”のような雰囲気が漂う。
 出場年齢制限ぎりぎりの28歳サラリーマンとの二刀流高島明石(松坂桃李)もその意味では似た立場である。
 最有力の天才少年マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)は実は亜夜の母親に教わった、彼女とは幼馴染で、事ある毎に二人は話し合う。互いに得るところがあるようだ。
 もう一人は、正規の音楽教育を受けていないが亡くなった天才ピアニストのお墨付きで抜擢された形の風間塵(鈴鹿央志)。そして彼の破天荒な演奏スタイルが、他の出場者に多大な影響を与えて行くのである。
 その影響を最も受けるのが亜夜で、彼により音を楽しむ喜びを呼び戻した彼女は最終選考で素晴らしい演奏(プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」)を披露する。

この映画の、大衆的でありながら通俗に陥らない所以は、彼らの順位に関心を払わないことにある。一応格好だけ最終順位が字幕で出ることは出るが、いずれにしても勝つか負けるかではなく、この四人がどう満足できる演奏のできる境地に達するかという点にしか興味を示さない。風間塵君は確かに他の出場者に強い影響を与えるのだが、その意味で本作において四人は互いに影響し合っているのである。
 例えば、生活感を求める高島明石の演奏は亜夜にピアノを弾きたくてたまらなくする。風間君が他の出場者と違うのは、彼の破天荒さが実は審査員たち、そして音楽ファン(の音楽観)を試しているということ。とりわけ破天荒を嫌うであろうクラシック界では彼のような存在の成功は大きな意味を持つものと思う。

ポーランド人撮影監督(ピョートル・ニエミースキ)は非常に鮮烈なイメージを奔出させ、ピアノという楽器の強さと清廉さと相まって非常に強い印象を生み出すが、それ以上に感心したのは「十年 Ten Years Japan」というオムニバス映画の最終編と担当したのを見ただけで実力を把握しかねる石川慶監督の、ショットや場面を繋ぐ呼吸の良さである。呼吸の良さで惹き付けられる作品には(同じ監督でもいつもそうなるとは限らず)、数年に一度くらいしか遭遇しないので、実にゴキゲン。こういう映画は何度見ても良い。

現在YouTubeを音源としてCDを色々と作っているが、クラシックでは「アマデウス」拡大版サントラの二枚組のみ。クラシックにまで手を出したら際限がなくなる。次に予定しているのがチェンパロのみの楽曲集かな。最近ビートルズの膨大な「ゲットバック・セッション」後半の一部がアップされたので、これに暫く集中することになるが。

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