映画評「ダメージ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1992年イギリス=フランス合作映画 監督ルイ・マル
ネタバレあり

純恋愛映画は論理的だから書きやすいが、愛欲ドラマは大概非論理的だからなかなかに書きにくい。左脳人間の僕は、だから、四半世紀くらい前に観た時も映画評はテキトーに誤魔化したような気がする。今回もピンと来たとは言えないが、前回より面白く見たのではないかと思う。

英国。内閣入りも目前とされている有力下院議員ジェレミー・アイアンズが、さるパーティーで、新聞社に務める息子ルパート・グレイヴズの恋人と自己紹介するジュリエット・ビノシュを見て平常心を失い、後日ベッドイン。それでも彼女は彼の息子との関係を結婚まで進めていく。二人の関係を物凄い勘で見破った彼女の母親レスリー・キャロンに進言されたにも関わらず、彼が無視して逢瀬を続けた結果、息子の知ることろになる。息子はショックで階上から墜落死、妻ミランダ・リチャードスンから愛想をつかされた彼は誰にも干渉されないような場所でひっそりと暮らすのである。

左脳的には、ジュリエットが、近親相姦的に愛した亡き兄の面影を持つグレイヴズに特段不満もないのに、父親のような年のアイアンズと関係を結び維持しようとするのが解りにくい。しかし、そこが彼女の人と異なるところであり、彼女の出現によって議員として成功を積んできた長い月日の果てに空しさを感じ始めた議員に、同じタイプの人間を見出したというのが、論理で割り切れない彼女、或いは彼等の心理の正体ではないかと思う。そもそも近親相姦的に兄を愛する人間が普通の女性であるわけがない。

かつて「恋人たち」(1958年)という官能ムードたっぷりの秀作をものしたルイ・マル監督は、かかる二人の欲望以上の運命的な関係を示す為に――なまなかな作品であれば相手の正体を知る前に関係を結ばせるところを―――二人が正体を知ってから関係を結ぶという順番で作劇したはずなのである(原作ものではあるが)。案外ここが本作のミソであるように思う。

最後のフランス文学的なかんずくモーパッサン的な台詞も文学ファンとしてはぐっと来る。隠棲するアイアンズ元議員が数年後一度だけ観た彼女はごく平凡な主婦然としていたというのだ。実に苛酷な文言ではあるまいか。

知的なジュリエット・ビノシュの余り官能的でないところが却って良い。フランソワ・トリュフォーの傑作「隣の女」(1981年)のファニー・アルダンがいかつくて官能性とは程遠いタイプだったのに通じよう。官能的・肉感的な女優を使えばただの不倫映画に終わりかねない。アイアンズはデビューした頃から退廃的な感じがあるので、役柄を自家薬籠中のものにしている。

本作におけるジュリエットの起用は、アーノルド・シュワルツェネッガーを使って全くアクションをさせなかったのが(世間の多くは無題使いとけなしたが)逆説的で実に面白かった「マギー」(2015年)のケースを思い出させる。

肩透かしも映画を楽しませる一つの手法になることがある。

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この記事へのコメント

vivajiji
2020年07月07日 15:25
困惑気味のご感想のご様子、もしかして点数に
現れていらっしゃる? うんうん、プロフェッサーには
書きづらかったでしょうね。(笑)ごくろうさまでした。
それにしてもルイ・マルは辛辣。←褒めてます。
生きてても死んでるかのような、自らすすんで
喜んで魂抜かれに行っちゃってるような男の話。
普通の男性監督なら主人公を川か海へ飛ばせて亡き者にし
それ見たことかって、チャンチャンってジ・エンド。
生かし続けているんですよねぇ。そしてあのセリフ。

http://blog.livedoor.jp/vivajiji/archives/50631782.html

⬆︎お時間ありましたら、コメント欄おすすめ。
 特に、ぱぐさんとの長い意見交換(笑)を、ぜひ。

ところで、そちら方面、大雨、いかがです?
大丈夫ですか?
オカピー
2020年07月07日 22:38
vivajijiさん、こんにちは。

>困惑気味のご感想のご様子、もしかして点数に現れていらっしゃる?
>うんうん、プロフェッサーには書きづらかったでしょうね。

以前から申したように、分析しにくく書きにくい作品です。その非論理的なところを、それなりにうまく論理に落とし込めた感じもないではないです。
 確かに評価に迷っているので、多くも少なくもない採点としています。しかし、前回観た時の印象よりずっと面白かったですよ。

>生かし続けているんですよねぇ。そしてあのセリフ。

ルイ・マルは、文学のモーパッサンと同じタイプの映画作家という気がします。

>ところで、そちら方面、大雨、いかがです?

幸いにも、ここは、その上下(南北)に激しい雨が降っていますが、雨雲に避けられています。
モカ
2020年07月08日 15:05
こんにちは。

上の vivajiji さんのページを読ませていただきましたが、100%同感でございます。

 この映画には左脳も論理も必要ないと思いますけど? (笑)

>二人が正体を知ってから関係を結ぶという順番で作劇したはずなのである

 どちらでも一緒でしょう・・・身も蓋もない言い方ですが、どっちみち、そうなるんです。大した違いはないと思います。 自制心を完全になくしてますから。
 恋愛の修羅場を踏まずに中年になったエリートの老いらくの恋は先がないだけに暴走するんでしょうね。

>隠棲するアイアンズ元議員が数年後一度だけ観た彼女はごく平凡な主婦然としていたというのだ。実に苛酷な文言ではあるまいか。

 アイアンズが妄想から醒めた、という意味ですよね?




オカピー
2020年07月08日 20:38
モカさん、こんにちは。

>この映画には左脳も論理も必要ないと思いますけど? (笑)

と仰られても、僕は論理でしか見られない人間なので、論理を必要としない映画や小説でも、論理に落とし込む方法を探ってみるわけです。
 だから、vivajijiさんが仰るように、非常に書きにくいわけです。ここまで書くのに相当苦労したのですがねえ。

>どっちみち、そうなるんです。大した違いはないと思います。

登場人物にとってはどちらでも良いはずですが、感覚ではなく、作劇術を評価の基準とする僕には、ここが凡作か水準以上の作品かの分かれ目です。
 僕も感覚的に見、評価することもごく稀にありますが、この作品にはそう思わせるほどの異色性はありませんでした。

>アイアンズが妄想から醒めた、という意味ですよね?

そういうことなのだと思います。

こういう映画を語る時、vivajijiさんやモカさん(のような方々)に敵わないことは昔から解っています。だから、"金輪際書かない”と公言してきたのですが、たまたまWOWOWでやったものですから、挑戦してみたわけですが、見事沈没したようです。
浅野佑都
2020年07月08日 20:53
僕も以前は、淀川長春と同じく「さよなら子供たち」以降のものは、観るに値しない・・とは言わなくとも、「死刑台~」と比べてしまうと、気の抜けたサイダーを飲まされているような・・。

 見方が変わったのは、50歳過ぎてからですかね・・。
プロフェッサーも、前回鑑賞のときよりも良いと評価されてますが・・。
「鑑定士と顔のない依頼人」の主人公もそうですが、中年過ぎた男が求める女性像って、絶世の美人や得も言われぬ色香の持ち主じゃないんですよね・・。
ちょっと踏み台に登れば手の届く範囲に実っている果実(笑)
今の若い人でいう「普通に綺麗」(並みという意味ではない・・。

これは、僕自身の本心の吐露でもありますね(笑)
お気に入りだけ観ていたい
2020年07月09日 06:26
オカピーさん、ご無沙汰しております。5年ぶりのコメントになります。 

しばらく映画から離れていましたが、コロナ騒動で自宅にいる時間が増え、また観ることが増えてきました。

この「ダメージ」、コメントされてるvivajijiさんやモカさんに対抗(?)して論理的に分析してみたくなりました。

ラストのセリフ「〇〇〇の女だった」ここに集約されているとおもいます。

対象(相手)に惚れたとき、それは対象そのものなのか、対象のうえに織り上げた幻影なのか、そんな問いを突き付けている気がします。

なので、あえて官能的でないジュリエット・ビノシュを起用し、ラブシーンをまったく官能的でないように(プロレスみたい)撮ったのではないか

とエラソウに書いてみましたが、昔から言われている
「恋は盲目」「あばたもえくぼ」の一言で済んじまう、ともおもうのです。
2020年07月09日 11:01
これは役者が皆うまくて。
とくに、主人公の妻を演じた女優と、レスリー・キャロンは、ぴしっとしていて、そういう役者のうまさが自分も分かるようになったな、やっぱり若いときだとそこまで気がつかない。
ジェレミー・アイアンズはお得意の役柄をと得々と演じているように見えて、だからジュリエット・ビノシシュが一見地味目で演技力でエロさを見せるタイプなのでバランスがとれていたと思いました。話に真実味をもたせる意味でも。

これは、人によってはあるだろう何だかああいう風になる一時期、それを劇的にデフォルメして描いた作品だったと記憶しています。主人公だけでなく、相手の女性にとっても、ああいう時期があったな、という。だだ、この映画の中では主人公が失うものが大きかったですね。エリートだったから。
モカ
2020年07月09日 16:48
こんにちは。

>純恋愛映画は論理的だから書きやすいが、愛欲ドラマは大概非論理的だからなかなかに書きにくい。

 M・デュラスの「ラ・マン/愛人」に手をつけておられないのもそういう訳でしょうか? (笑)

>モーパッサン的な台詞

 60年代、戦後生まれの若者が洋画を見るようになった頃、まずはアメリカ映画がやってきて、それからフランス映画も見るようになって、「フランス映画ってハッピーエンドが少ないなぁ、FINで終わるとバッドエンドや~」みたいな会話が交わされたものです。(もちろんアメリカ映画にも今日アップされたような映画もあったんですが当時は意図的に入ってこなかった)

 フランス映画のハッピーエンドじゃない皮肉で苦い結末はモーパッサンやゾラ辺りが元祖かもしれませんね。お家芸(笑)

オカピー
2020年07月09日 19:30
浅野佑都さん、こんにちは。

>見方が変わったのは、50歳過ぎてからですかね・・。
>プロフェッサーも、前回鑑賞のときよりも良いと評価されてますが・・。

50歳くらいが欲望の行方が少し変わってきますね。安易な言い方をすれば、枯れて来る。カラフルな絵を好んでいたのが、山水画のようなものを好むようになる。そこまで言うと極端ですが。
 多分30代半ばの僕は、「恋人たち」のような濃厚なムードが足りないと、僕の限られた右脳要素が考えたのだと思います。左脳が強い人間は、常識に縛られがちですから、登場人物の考えが解らないと"あかん”となってしまう。僕はその点は踏ん張れるわけですが、今一つ魅力を感じなかったのだろうなあ。しかし、世間とは違って、ジュリエット・ビノシュのせいではないと思います。
 今回は映画的ムードが結構買えましたし、前回感じたような記憶のある粘着性を全く感じなかったんですよね。それが良かった。

60年ほど前、映画批評家の故津村秀雄氏が、ジャンヌ・モローは男二人と三角関係になるような魅力がないと断言して、世評ほど「突然炎のごとく」を買っていなかったのを思いだします。この映画が大好きな僕は苦笑しましたね。
オカピー
2020年07月09日 21:00
お気に入りだけ観ていたいさん、こんにちは。
お久しぶりです。

>コロナ騒動で自宅にいる時間が増え、また観ることが増えてきました。

僕はもう長いこと晴耕雨読の日々ですから、コロナでも全く変わりがありません。
 新作に良い映画、というよりきちんと大人が見るべき作品の絶対数が減っているので、新作には無理やり付き合っているという感じが多いです。

>対象(相手)に惚れたとき、それは対象そのものなのか、対象のうえに
>織り上げた幻影なのか、そんな問いを突き付けている気がします。

論理は必要ないと仰るモカさんも、最後の台詞は主人公の妄想がさめたことを意味しよう、と仰っていまして、結果的に近い感じです。そう意味では、モカさんも論理的に見たとということなのかなあ。

>「恋は盲目」「あばたもえくぼ」の一言で済んじまう、ともおもうのです

そこに論理の余地はないですよねえ。
オカピー
2020年07月09日 21:14
nesskoさん、こんにちは。

>主人公の妻を演じた女優と、レスリー・キャロン

妻を演じたのはミランダ・リチャードスンで、英国女優らしい渋さで一時期重用された記憶があります。
 ジュリエットの母親を演じたレスリー・キャロンは「巴里のアメリカ人」「恋の手ほどき」でミュージカル・スターとして売られた女優ですけれど、この頃になると実に腹芸のできる演技力を身につけていましたね。

>やっぱり若いときだとそこまで気がつかない。

そうですね。僕は今でもボーっとしていますが(笑)。

>これは、人によってはあるだろう何だかああいう風になる一時期、
>それを劇的にデフォルメして描いた作品だったと記憶しています。

な~るほど。そんなところかもしれませんね。

>この映画の中では主人公が失うものが大きかったですね。
>エリートだったから。

主人公には家族との関係を空疎にした自分の成功を破壊したいという願望がどこかにあったような気がしないでもないデス。
オカピー
2020年07月09日 21:27
モカさん、こんにちは。

>M・デュラスの「ラ・マン/愛人」に手をつけておられないのも
>そういう訳でしょうか? (笑)

論理的に分析しにくいということもありますが、こういう非論理性が支配するような小説・映画を語るには文才が必要と思うわけでして、残念ながら僕にはその文才もない。子供の頃から作文は苦手です。感想文など目も当てらないものでしたよ。
「ラ・マン」は書けないなあ。「栄光のル・マン」は書きましたけど^^

>フランス映画のハッピーエンドじゃない皮肉で苦い結末は
>モーパッサンやゾラ辺りが元祖かもしれませんね。お家芸(笑)

僕もそんな気がします。トリュフォーはバルザックがお好きでしたが、モーパッサンやゾラ好きな作家もいそう。
浅野佑都
2020年07月09日 21:32
>ジャンヌ・モローは男二人と三角関係になるような魅力がない
 「か~ッ!あのセンスと魅力がわからないとは‥信じられない!(笑)」
津村秀雄は、双葉十三郎、淀川長治の両氏と年齢的に変わりませんが、いかにも戦前派といった感覚で・・。
ジャンヌ・モローがへの字口で、典型的な欧州美人でないからお気に召さなかったのかな?

僕の大好きなミケランジェロ・アントニオーニの「太陽はひとりぼっち」への評価は「静寂と孤独が急所」と喝破し、的確過ぎる、と僕を唸らせたものですが・・・。
オカピー
2020年07月10日 16:42
浅野佑都さん、こんにちは。

>>津村秀雄

正確には秀夫でしたね。どうもすみません。

戦前、ジュリアン・デュヴィヴィエの傑作「商船テナシチー」を朝日新聞紙上でQ氏のペンネームで行った批評に対し、わが双葉十三郎先生が、徹底的に批判しました。元来双葉さんのファンであることを別にしても、Q氏が批評が珍妙なることは明らかでした。さすがに双葉さんも二十代の血熱き若者、黙ってはいられなかったのでしょうね。

「スクリーン」誌上で、キャンディス・バーゲン、ジャクリーン・ビセット、ドミニック・サンダをチンピラ女優を言ったのも忘れられませんねえ。毒舌でした。

>ミケランジェロ・アントニオーニの「太陽はひとりぼっち」への評価は
>「静寂と孤独が急所」と喝破し、的確過ぎる、と僕を唸らせたものですが

僕と同じで論理派ですから、的確である時は非常に的確です(笑)
モカ
2020年07月10日 20:24
こんにちは。

>子供の頃から作文は苦手です。感想文など目も当てらないものでしたよ。

 意外ですね! 映画評は大丈夫なんですね。

>「ラ・マン」は書けないなあ。「栄光のル・マン」は書きましたけど^


 リクエストしませんからご安心ください。

 リエゾンしてるから「ラ・マン」ラとマンの間に ”・” を入れたらだめでしたね。 
 そういえば「愛人/ ラマン」のナレーションはジャンヌ・モローでした。
 
オカピー
2020年07月10日 22:48
モカさん、こんにちは。

>意外ですね! 映画評は大丈夫なんですね。

そもそも大学一年の時に、こんな文章力ではダメだと思って、鍛える為に映画評を書き始めたんですよ。三年生の頃には少しは読める文章になってきました。特に論理的に進める分には何とか格好になりましたね。

>リエゾンしてるから「ラ・マン」ラとマンの間に ”・” を入れたらだめでしたね。

フランス語は門外漢なので、気付きませんでしたなあ。
 そう言えば、「星の王子さま」のサン=テグジュペリはSaint-Exuperyと綴るので、現行の日本語表記は少し違和感がありますね。

>そういえば「愛人/ ラマン」のナレーションはジャンヌ・モローでした。

おおっ、綺麗につながりました\(^o^)/
お気に入りだけ観ていたい
2020年07月11日 13:09
オカピーさん、こんにちは。返信ありがとうございます。

>きちんと大人が見るべき作品の絶対数が減っているので、新作には無理やり付き合っているという感じが多いです。

昨今の映画のつまらない理由のひとつに、町山智浩氏も指摘されているようにマーケティングで作ってることがありますね。原作コミックがこれだけ売れたから当たるだろうという。
そんなにマーケティングが大事ならAIにやらせたら?より正確になりますよとイヤミのひとつも言いたくなります。

>モカさんも論理的に見たとということなのかなあ。

本文でも言及されてる「隣の女」のセリフをおもいだしました。

「男は愛には素人だ」

我々男性が四苦八苦して論理化することを女性は皮膚感覚でわかっているのかもしれませんね。

久しぶりに「隣の女」見直してみようかなあ

オカピー
2020年07月11日 22:15
お気に入りだけ観ていたいさん、こんにちは。

>町山智浩氏も指摘されているようにマーケティングで作ってることがありますね。

その通りと思います。そのターゲットも市場の大きい中国大衆ですので、こんなことを言っては何ですが、推して知るべしの映画が出来ます。そこで中国史本がハリウッドに乗り込んでくるから、優れた映画を見て来た映画ファンが満足できるものが出来るはずもないですよね。

>「隣の女」
>「男は愛には素人だ」

「隣の女」は好きで何度か見ていますが、そんな台詞がありましたっけ。
説明には、これを引用するのが良かったかな(笑)