映画評「マグダラのマリア」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年イギリス=オーストラリア=アメリカ合作映画 監督ガース・デーヴィス
ネタバレあり

昔は劇場未公開=未輸入だから一切見られなかったわけだが、近年は劇場未公開も色々で、本作の場合は僕には縁のないITUNESで紹介されたとのこと。

従来“娼婦” とされてきたマグダラのマリアの名誉回復の為に作られたと最後にメッセージが出る。彼女が主人公になるのは映画史上初めてらしいが、僕が見て来た数十本のキリスト絡みの映画で何度か見かけたから、重要人物であることは間違いない。

父親から結婚を強制されようとしたマリア(ルーニー・マーラ)は、気を失っていた時に覚ましてくれた男性即ちナザレのイエス(ホアキン・フェニックス)に救世主を見出し、家出をして男性使徒に交じって行動を共にする。各地を彷徨した後イエスが紙の国を現出させないのを不満に思ったユダ(タハール・ラヒム)が当局に通報、遂にイエスは処刑される。処刑と埋葬を見守ったマグダラのマリアがその後目を覚ますと、復活したイエスに声をかけられ、現場にいなかった他の使徒たちに師の復活を報告するが、彼らは信じようとしない。

概ねこんなお話で、否定的な意味をもって述べるわけではないが、フェミニズムに立脚した伝記映画と言って良いだろう。これが注目点の一つ。
 注目点の二つ目は、僕が勉強不足なのかもしれぬものの、イスカリオテのユダは裏切ったというより、イエスが死ぬことで神の国を現出させようと通報したと解釈され得るところ。なかなか興味深い。

基本的には新約聖書に則って進んでいるような気がするが、テレンス・マリックの映画のような音楽がずっと流れていることもあって、昔のイエス伝のようなスペクタクルや講談調ではなく、ぐっと精神的な映画というムードが醸成されている。

イエスが処刑されるまでの流れは僕は一通り知っているが、マグダラのマリアを重視する故にその経緯はかなり省略されているので、少なからぬ日本人が解りにくいと思うだろう。

昔映画館で観た「ジーザス・クライスト・スーパースター」サントラの完全版がYouTubeで聴ける。確か90分以上あるので、ブロードウェイ版と併せて、二枚組CDを作ろうと思っていたところ。

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この記事へのコメント

2020年07月31日 11:46
マグダラのマリアはよく絵画の題材になっていますし、いまさら名誉回復と言われると「え、そうなの?」みたいになります。
この映画の解釈もおもしろそうですけど、娼婦だったというか、自堕落な日々を送っていた女性がイエスに出会って目覚めて、それで生き方が変わって、という、そういうマグダラのマリアも、いいと思うのですけれどもね。
オカピー
2020年07月31日 21:31
nesskoさん、こんにちは。

>名誉回復

正確には、既に大昔にマグダラのマリアは聖人の列に加えられたのに、古代に娼婦とされた誤解がそのまま信じられているので、それが誤解であると知らしめるために作った、といったメッセージでした。

>そういうマグダラのマリア

父親の押し付ける結婚を避けるという辺りから、スタンドポイントがフェミニズムにある作品なので・・・。