映画評「ウディ・アレンのザ・フロント」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1976年アメリカ映画 監督マーティン・リット
ネタバレあり

ウッディー・アレンが監督作品は最新作を除いて多分全て観ていると思うが、監督を担当していない主演作品には観ていないものがあって、本作を図書館から借りて来た。アレンが脚本も書いていないので、社会派の重喜劇仕様になっている。

1950年代の初め、赤狩りで揺れるアメリカ芸能界。ブラック・リストに載ってしまったTVの脚本家マイケル・マーフィーが、バーテンをする幼馴染アレンに、自分は身を潜めて作品を出し続けたいと言って、名前を貸してくれと頭を下げる。アレンの前面(ザ・フロント)に立つのである。かくして生まれた新進気鋭の脚本家アレンはTV局の看板番組で大成功を収め、その才能に惚れ込んだスタッフの美人アンドレア・マルコヴィッチと恋に陥る。
 しかし、その看板番組の主演者ゼロ・モステルは非米活動委員会に目を付けられた為仕事がなくなり、アレンをスパイする役目を果たした後ホテルから投身自殺してしまう。
 結局、左翼的言論に全く興味を持たないアレンも、委員会(事実上の法廷)に召喚されると、煙に巻く作戦を取った後、(恐らく法廷侮辱罪で)逮捕される。

シチュエーション・コメディーは嘘か誤解が欠かすべからざる要素であるが、本作では成りすましという嘘が全編に渡り活躍し、暫くの間幾たびか訪れる嘘がばれるピンチを主人公が誤魔化すお笑いがあり、典型的な展開が続く。
 しかし、中盤モステルが委員に呼ばれて以降、随時笑いが挟まれても、重苦しくなってくる。モステルの葬式に集まった人々を調査員が監視する一幕など胸が悪くなる程である。

最後の委員会での一幕は、応える(respond)が答えない(reply)という言葉遊びを軸にした台詞劇としての可笑し味が発揮されているが、全体として重すぎるので、もう少しこの名前貸しのシチュエーションを生かす喜劇として作った方が良かったようには思う。

ただ、監督のマーティン・リット、脚本のウォルター・バーンスタイン、出演のゼロ・モステルなどが実際にブラック・リストに載った人々であるという事実が観客である我々に重くのしかかる。四半世紀前の怨みを喜劇の形で表現したということになる。実は笑ってはいられない映画なのでござる。

ごく親しい人がこんなことを言っていた。現在の米国におけるデモの過激な部分はNLGなる組織がテロ指令による、と。NLGはアンティファという極左思想を持つ、全く系統づけられていない連中の弁護を積極的に引き受けている左翼系の弁護士グループだが、彼らがテロを指令しているというのは虚言であろう。調べたところ、在アメリカの中国系反共メディアがこうした針小棒大の情報をばらまいている。70年前の赤狩りと同じで、こんな言辞を頭から信ずるのは幼稚である。チャップリンは過激派だったか? 今どき共産主義だなんて、それを自称する人も、それを論難しようとする人も、頭のネジが緩んでいる。

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この記事へのコメント

2020年07月30日 16:23
役者としてのウッディ・アレンもいいですよね。顔がおもしろいし。それと、この映画は未見ですが、ブログの記事を読むと成りすましをすることから起こる珍事を描いたものだということで、ウッディ・アレンは「カメレオンマン」が代表作でしょうけど、あれも自己の揺らぎ、自分は本当は何者なのかよくわからなくなる、カメレオンマンだとユダヤ人だからというのが原因になっていましたが、ああいうのが好きと言うか、アレンのひとつのテーマにあるのかなというのはあります。
赤狩り、といえば、米中の冷戦がまた始まったようで、日本はつかずはなれずでやっていくしかないのかなという雰囲気になってますね。ただ、中国は本気で尖閣欲しいみたいなので、日本にはアメリカが必要でしょう。
オカピー
2020年07月30日 21:55
nesskoさん、こんにちは。

>カメレオンマンだとユダヤ人だからというのが原因

自虐ネタが多いのは、それに関連しますよね。と言うか、彼の自虐は、ユダヤ人であることを素材にしているものが多いと思います。

>中国は本気で尖閣欲しいみたいなので、日本にはアメリカが必要でしょう

中国は共産主義に関係なく、とにかく欲の塊。今の状況では、アメリカがいないとどうにもなりませんね。