映画評「ハンナとその姉妹」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1986年アメリカ映画 監督ウッディー・アレン
ネタバレあり

大体95分くらいにまとめるウッディー・アレンとしては少し長い107分の上映時間。扱う主要人物の多さがやや上映が時間が長くなった理由だが、誠に充実した出来栄え。アレンの“喜劇”の中では一番の傑作とずっと思っている。30年以上前に映画館で一度、その後BSで一度観ているので、今回が3度目。

感謝祭に芸能夫婦の両親(ロイド・ノーラン、モーリン・オサリヴァン)を囲んで、いずれも役者をしているか、その経験のある長女ミア・ファロー、次女ダイアン・ウィースト、三女バーバラ・ハーシーが集まる。
 現在専業的に役者商売に埋没している者はいず、一番成功しているとされるミアも主婦として家庭をうまく切り盛りもしていて、夫マイケル・ケインは特段不満を覚えているわけではないのだが、どうも細君が出来過ぎであることが不満で、画家マックス・フォン・シドウと暮らしているバーバラと一線を超えてしまう。バーバラも啓蒙的なシドウの指導(洒落ですな)にうんざりしていたのである。しかし、彼女はいつまで経っても離婚してくれないケインに愛想をつかし、大学の教授と交際を始める。
 ダイアンは姉ミアの最初の夫アレンとデートをするが、趣味が合わず、喧嘩別れしてしまう。そのアレンは耳の不調で死の恐怖に直面するうちに、神の問題が頭を過ぎり、宗教に活路を見出そうとするが、ドタバタするうちにマルクス兄弟の映画を観て達観の境地に至り、レコード店で、役者を止めて劇作家に転身しようとしているダイアンと再会、今度は意気投合する。
 かくして、最初の感謝祭から二度目の、通算三度目の感謝祭では、三人姉妹はいずれも幸福の最中にいる。

この頃のアレンは、イングマル・ベルイマンへの傾倒が激しく、本作でも自ら演ずるTVディレクターにベルイマン的人物造形を打ち出している。彼は神の存在を疑うのである。しかし、精子が少ないが故にミアと離婚する羽目になった彼に神様は子供を進呈する。達観した彼への神様の御褒美か、それとも神を信じない彼の考えを変えさえる為の贈り物か。この幕切れは実に洒脱と言うべし。

どちらかと言えばケインがいつものアレンのポジションにいるが、優柔不断に徹した結果ミアは夫を疑うことないまま幸福を維持する。優柔不断も悪い事ばかりではない。バーバラは教授と結婚している。

アレンの映画は古典的な演劇に通ずる台詞劇であるから溢れるような台詞が推進力になって進行するのだが、これだけの人物の交錯がその推進力を阻害することなく交通整理よろしく見事に捌かれ、人間劇として大いに楽しめる。

音楽はいつも通りの1920~30年代以外のジャズ、ラグタイム以外にも、クラシック(バッハ、モーツァルト)を使っている。しかし、クラシックを流す部分は底流に皮肉っぽさを忍ばせているような気がする。

女優陣が好調で、ミアは母親モーリン・オサリヴァン(「ターザン」シリーズのジェーン役で有名)との共演が楽しかったのではないか? 若い時のモーリンとミアには全く似た印象は持たないが、本作でやや斜めからのアングルでモーリンとミアがそっくりに見える時がある。

こんなに歩くのをうまく撮る作家を、「アニー・ホール」以降のアレン以外に知らない。リチャード・リンクレイターがそれに次ぐか。

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この記事へのコメント

モカ
2020年06月10日 18:23
こんにちは。

>アレンの映画は古典的な演劇に通ずる台詞劇であるから

 なるほど、この映画は典型的な「終わり良ければすべて良し」な終わり方でしたね。
 ラストの「子供ができたの」で「えっ?誰の子?疑惑」が生じなかったですよね、確か。
 ベルイマンならここから鬱陶しいドラマが始まる予感がしますけど。(笑) 
実はこの後、アレン君はウジウジ悩むと思った私は性格悪いですかね?

 マイケル・ケインは「アルフィー」のパロディーのような役回りでしたね。マックス・フォン・シドウとこの方がいささか浮いていたような記憶がありますが・・・

 お察しの通り、ウディ・アレンとは音楽の趣味以外はあまり相性が良くないんですが、映画の音声(字幕版)を少し聞いただけでウディ・アレンの映画だと当てたことが2度ほどあります。
 多分、役者のしゃべり方がアレン調になるんだと思います。
 身も蓋もない言い方をすれば「何かうるさいなぁ~」って感じなんですけどね(笑)
 
 



これだけの人物の交錯がその推進力を阻害することなく交通整理よろしく見事に捌かれ、人間劇として大いに楽しめる
モカ
2020年06月10日 18:25

すいません、最後のコピペを消すの忘れてました。
オカピー
2020年06月10日 22:40
モカさん、こんにちは。

>ラストの「子供ができたの」で「えっ?誰の子?疑惑」が
>生じなかったですよね、確か。

ベルイマンもどきの“神の不在”の問題が基調にあることを感じていれば、そんな疑惑が感じ余地はなかったですね。映画サイトで疑惑を感じた人がいましたが、その人は前段の神の問題を見過ごしている気がします。

>実はこの後、アレン君はウジウジ悩むと思った私は性格悪いですかね?

大体アレンの映画は、そこから始まることが多いので、そういう考え方もありかと。

>ウディ・アレンとは音楽の趣味以外はあまり相性が良くない

男性にも多いですが、女性にアレン嫌いが多いですね。大体台詞の多さとその内容を好まないのだろうと推量します。ああ、モカさんも大体その旨かかれていますね^^;

>映画の音声(字幕版)を少し聞いただけでウディ・アレンの映画だと
>当てたことが2度ほどあります。

同じような経験を僕もしていますよ。
 台詞の多さが共通する為にフランスのウッディー・アレンと僕が言っているエリック・ロメールの映画を友人宅で、ほんの少し欧州人っぽい男女が歩いているところを見たところで「ああっ、エリック・ロメール!」と言ったところ、新聞を見て正解と確認した友人夫婦に驚かれました。
モカ
2020年06月11日 16:20
こんにちは。

>ベルイマンもどきの“神の不在”の問題が基調にあることを感じていれば、そんな疑惑が感じ余地はなかったですね。

 私はそのベルイマンもどきの”神の不在”というのがそもそも分からないので理解できないんでしょうね。
 
 しかとは覚えていませんが、ユダヤ教から改宗しようとカトリックに行ったりするんでしたか? 子供を授かったということが”神の恩寵”だとすれば、キリスト教の神様なんでしょうね。
ユダヤ教の神様はそんな契約を反故にしそうな輩には恩寵なんぞ与えてくれなさそうです。

 ユダヤ教の縛りって日本人には想像しにくいですが、相当なものなのかもしれませんね。ボブ・ディランも改宗しましたしね。
 
 

 
 
 
オカピー
2020年06月11日 21:25
モカさん、こんにちは。

>私はそのベルイマンもどきの”神の不在”というのが
>そもそも分からないので理解できないんでしょうね。

僕は、ベルイマンは無神論ではなく、単に疑惑に留まっているのだと思います。だから「処女の泉」で父親が神の存在を疑いつつも、最後に奇跡のようなことが起こる。この映画は解りやすい作品でした。
 本作は、何だかその流れをもじったような感じもします。

>しかとは覚えていませんが、ユダヤ教から改宗しようと
>カトリックに行ったりするんでしたか?

この映画のアレン扮する登場人物は死への恐怖から神の存在と非存在の間を彷徨し、カトリックに改宗しようとしますが、形式に陥っていると思い、次に仏教(インド仏教)研究に入りますが、あんな変てこな真似はできないと結局宗教に頼るのを止めて映画館に入り、マルクス兄弟で目覚める、という諧謔でした。アレンにとって一番の宗教は映画と音楽です。

>子供を授かったということが”神の恩寵”だとすれば、
>キリスト教の神様なんでしょうね。

そうかもしれませんが、アレンは皮肉のつもりで、一種の恩寵めいたものを出してきたと思います。多分アレン扮する登場人物は、あの瞬間にはそれを感じていない。宗教に頼るのを諦めると、神が動き出す。これは神ではなく、宗教への皮肉でしょう。

>ユダヤ教の縛りって日本人には想像しにくいです

だから、アレンの映画は、ユダヤ批判が多いのでしょう。ユダヤ教嫌いのユダヤ人は多いと思われます。
モカ
2020年06月12日 14:57
こんにちは。

「神は万物に宿る」「八百万の神」なら先祖から綿々と受け継がれてきた血のような物として理屈抜きに感じることができるのですが、どうもこのユダヤ教やキリスト教の all or nothing な砂漠の思想は体質的にも難しいです。 

 youtube、ユダヤ人のキーワードで思い出したのですが、
「サンドイッチの年」が何年も前からyoutubeに日本語字幕付きでアップされているんです。 
 まだレビューされてませんよね? (笑)
 観る度にこんないい映画が何でDVDにもならずに忘れ去られようとしているのかと憤慨しきりです。
 最後の場面で「神を信じる?」というセリフが出てきます。
 コルチャック先生役の名優(名前が難しい)の答えは?
 
  「は~い、皆さん、観てくださいね」 (ここ淀川調で)

 という事で何卒よろしくお願い申し上げます。

余談ですがもうかれこれ20~30年前頃、NHK教育テレビのフランス語講座を見ていたら文法の実際の言い回しを映像で見せるのにロメールの映画の一場面が使われていました。

英会話でアレンの映画が使われたらどうなるんでしょう?

 
十瑠
2020年06月12日 21:21
随分前から観たかったのに、レンタルに無かったり、中古を見つけても買いに行ったときにはすでになかったりとすれ違いが続いていた作品であります。
この記事を機会にアマゾンに寄ってみたら注文出来ました。
双葉師匠☆四つの傑作ですからね。届くのが待ち遠しいです。
結末も穏やかそうだし・・。
但し、僕は「アニー・ホール」は好きじゃないんですよね。(ちょっと不安)
ミアとアレンがつきあってた頃の作品でしょうか。
オカピー
2020年06月13日 08:04
十瑠さん、こんにちは。

>僕は「アニー・ホール」は好きじゃないんですよね。(ちょっと不安)

共通点もありますが、こちらのほうがドラマ性が高いと思います。僕も「アニー・ホール」は今一つ乗れなかった口ですが、再鑑賞すれば違う印象も出て来ようかと思っています。

>ミアとアレンがつきあってた頃の作品でしょうか。

そうですね。映画の中に、明らかに養子と思われる子供が出て来て、彼らの養子が本当に出演しているようです(IMDbでチェック)。
オカピー
2020年06月13日 12:39
モカさん、こんにちは。

こちらへのレスが洩れていたことに気付きました。どうもすみません。

>「神は万物に宿る」「八百万の神」なら先祖から綿々と受け継がれてきた血

神道が多神教という考えに最近は少々疑問を覚えていて、日本の神は、そもそも中近東発祥の宗教の考える神とは違うものであると思うわけです。だから、彼らが“神が幾つもいるなんて可笑しい”という論点自体が成り立たない。かの宗教群は神様が先にあって、それが全てを作ったという考え。日本の「古事記」「日本書紀」を読んでもそれに近い感覚はあると思いますが、実際のところ日本の神は自然でしょう。古代人がそれを無理筋に神の枠に入れて来たのだと思います。天皇家を権威づける為に。そういう意味では、神道は、大和朝廷の為に形を変えていった宗教のような気がします。

>「サンドイッチの年」が何年も前からyoutubeに日本語字幕付きでアップ

映画自体は公開直後に観ていますが、ブログのない時代なので、当然記事にしておりません。今日ほかの映画を観る予定はないので、観てみます。

>英会話でアレンの映画が使われたらどうなるんでしょう?

アレンとロメールの共通性は、台詞の多さ位ですから、アレンを教材にしたら、皮肉っぽい言い回しばかりでとんでもないことになると思います(笑)
モカ
2020年06月13日 21:20
こんにちは。

>実際のところ日本の神は自然でしょう。古代人がそれを無理筋に神の枠に入れて来たのだ

 私もそう思います。少なくとも私は、自然を畏怖する心が人知を超えた何かの存在を感じるのが”神の存在”だと思っています。
 
 子供の頃は明治生まれの祖父母と同居していたので、家の中にもいろんな所に神様がいました。水回りには”水神さん” 
火のそばにも何か祭ってありましたね。(忘れましたけど)

 何年か前に家の欅が大きくなりすぎて色々不都合が出てきて、
息子の友人の植木屋に切ってもらったのですが、一升瓶のお酒を撒いて皆で手を合わせて木に感謝してから作業開始になりました。木にも神様が宿っているんですね。
 息子の友人なので若い植木屋ですが社寺仏閣の仕事もしているようなので自然に対する畏敬の念があるんでしょう。
 国家神道なんてどうでもいいですけど、こういう心掛けは大事だと思います。

 そういえば、風神、雷神なんてのもありました。
 私は”山の神”ですかね? (笑)

 

 
オカピー
2020年06月14日 13:08
モカさん、こんにちは。

>自然を畏怖する心が人知を超えた何かの存在を感じるのが”神の存在”
>国家神道なんてどうでもいいですけど

保守の裏には国家神道、神社本庁が潜んでいて、どうも厭らしい。
 僕も地鎮祭とか、そういうのは大切にしたいと思っていますよ。この辺は元来養蚕の盛んな土地でしたので、殆ど養蚕から撤退した今でも十月に蚕神祭なんてのをやっていまして、僕も大分前から参加しています。
今年は祈願だけをやって終りでしょうが、班長なので参加することになるでしょう。

>そういえば、風神、雷神なんてのもありました。

荒神は竈(台所)の神様かな。

>私は”山の神”ですかね? (笑)

あははは。うまい。
一家に一柱ですか。最近はそうでもないですね。