映画評「COLD WAR あの歌、2つの心」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年ポーランド=イギリス=フランス合作映画 監督パヴェウ・パヴリコフスキ
ネタバレあり

2018年度アカデミー外国語映画賞などにノミネートされたポーランドの恋愛映画。戦後、とは言え冷戦の対立構造の内に腐れ縁を余儀なくされる男女の恋愛推移を描いたポーランド版「浮雲」である。
 「浮雲」では戦前の東南アジアからお話が始まり、中心となるのはうらぶれた戦後日本だが、日本だけとは言え、腐れ縁の男女が各地を転々とする辺りも本作と結構似ている。

1948年、イデオロギーとは関係ない純粋なポーランド舞踊団を作るべく行動を開始したピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)は、父親を刺した容疑で執行猶予中の妙齢美人ズーラ(ヨアンナ・クーリク)に才能を見出し、やがて愛し合うようになる。彼は外国公演に乗じて息苦しい全体主義のポーランドからパリに亡命を企てるが、誘ったズーラは結局待ち合わせ現場に現れない。
 数年後のパリ、作詞家の女性と生活する彼はズーラと再会、危険を冒して社会主義国チェコスロヴァキアのに公演を観に行きもする。イタリア男性と結婚して合法的にポーランドを離れたズーラが離婚して帰国すると、わざわざ当局に出頭して帰国、スパイ罪で15年の服役を言い渡される。これもズーラとの愛情交換のためだ。
 1964年。早めに出所した彼は、子供を設けたズーラと駆け落ちして死を前提とした結婚式を自分達だけで執り行う。

「浮雲」のヒロインは病死してしまうが、こちらは心中である。その後の描写は死という別の世界へ旅立つ若しくは旅立ったことのメタファーであろうか。曖昧な見せ方が好きではない僕にはこの気取った幕切れは少し気に入らないが、大半の場面で情熱を内に秘めた描写に推移する腐れ縁には切なくなるものがある。
 最後の時点では二人は自分達の関係をいかようにも出来るが、こんな関係の原因を作ったのは冷戦・・・というより不自然な愛国を強要する社会主義という名の全体主義であったと思うと切ない気持ちになる。しかし、やるさなさでは「浮雲」に二歩くらい譲ろうか。

個人的に初めてのお目見えに当たるパヴェル・パヴリコフスキという監督は、突然のブラックアウトを多めに使って彼らの情熱を断裁的に処理する。余韻を持たせようとしない断ち切るような見せ方が余白を生み、却って観客の感情に強く訴える。抜群と言いたいほどに美しいモノクロ映像がそんなブラックアウトの効果を高める。

短いけれど冗長という意見は誤解で、単にご自分の興味に合わないだけのこと。自分の好みと合わない問題を一元的に映画の責任に帰すべからず(自分の好みに合わずつまらない、と言うのは全く自由だ)。この映画は画面が美しく、心を歌う音楽に溢れ、どの場面も決して冗長ではない。

韓国大衆映画の前後で違う作品になるような傾向に関連し、日本映画にその影響が少し見られることについて“悪貨は良貨を駆逐する”と言ったところ、自分の好みに合わないのは悪ですか、と言われた。しかし、トーンと性格の統一は、アリストテレスが2350年前に「詩学」で明言してからずっと、演劇・映画を問わず、必要と言われ続けた理論家・評論家・哲学者の共通認識であって、個人の好みではない。アリストテレスの理論が全て現在に通ずるわけではないが、これは時代を超えて変わらない金科玉条である。

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