映画評「チャーリー・セズ/マンソンの女たち」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督メアリー・ハロン
ネタバレあり

題名の“セズ”は says だから、“セッズ”と表記した方が一般には解りやすい。

昨日の「ハリウッド1969 シャロン・テートの亡霊」では被害者側からシャロン・テート殺害事件を描いていたが、こちらは事件(シャロンの事件後に起こしたラビアンカ殺害事件も含む)を起こした三人の女たちの視点から描いた、ドラマらしいドラマである。

事件の3年後、服役中の3人ルルことレスリー(ハンナ・マリー)、一番マンソンへの傾倒度の高いケイティ―ことパトリシア(ソシー・ペーコン)、セイディーことスーザン(マリアンヌ・レイドン)から刑務所に出入りする教育係カーリーン・フェイス(メリット・ウェヴァー)が聞き取った記録を、エド・サンダーズの著作と併せて、映像化したのが本作の内容。実話そのものである。

ビートルズを聖書が予言したものと強引に解釈する狂信者チャールズ・マンソン(マット・スミス)に率いられたファミリーは、わがほうのオウム真理教もかくやと想像させる様相を示している。岡目八目で見ていればバカバカしいことこの上ないが、そこに入ってしまうとそこから抜け出せない彼らの心理状態も理解できなくはない。

従来の大宗教、まして新興宗教は、人々の死への恐怖そうでなければ現在の不幸感を利用して信者を増やすわけである。人間が真に進化すれば、僕は宗教は不要になると思っているが、まだそこまで達していないのであろう。

1972年と69年を頻繁に往復するのが現在の作品らしいが、割合オーソドックスにきちんと作ってあり、事件を研究するにはふさわしい。反面、映画論的に見た場合、面白味は薄い。

しかし、この作品も最後に“たられば”を用いているのが注目に値する。一番新規加入だったレスリーは、事件前に親しくなったライダーが迎えに来たのを断っている。それに応じていたら半世紀も服役することはなかったのに・・・という内容である。
 隠して思うのは、この事件に接した人々は、被害者は勿論加害者についても同情せざるを得ないという心境に陥るのであろう。やるせない。

50年くらい前に1910フルーツガム・カンパニーというポップ・グループが“サイモン・セッズ” Simon Says という曲を歌った。これは英国の遊び“サイモン・セッズ”由来で、本作の題名は何だかそのパロディーっぽい。実際に女性たちはやたらに Charlie says と言ってはいるが。

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