映画評「泣くな赤鬼」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・兼重淳
ネタバレあり

大衆的であっても通俗に落ちない作品を好みとする僕には重松清という作家の映画化作品は良い感じで見られる。この作品はどちらかと言えば余り感心しないのだが、何と言っても地元(群馬県西毛地区)の高校群、中でもわが母校がはっきりと確認できた身贔屓で★一つ分おまけ。

かつて群馬県の野球強豪校・城南高校(撮影にも使われている城南球場をもじっているのだろう)を指導し、現在は進学校西高(早稲田カラーのユニフォームから推してモデルはわが高崎高校か)の弱小野球部でやる気をなくしている野球部監督・小渕(堤真一)は、13年前の城南時代に才能がありながら頑張ることのできない精神力の弱さから退部していった元の教え子斎藤(現在・柳楽優弥、13年前・堀家一希)と病院で再会する。
 後日、斎藤の妻(川栄李奈)が小渕を学校に訪れ、彼が末期がんで余命が殆どないと告げる(実際には病名は暫く伏せられる)。

映画は、こうした句点を利用して13年前と現在とを往復するが、煩くならない程度に適切に処理している。
 13年前の小渕監督は、期待するが故に斎藤に厳しく接し、才能はないがやる気は人一倍ある和田(現在・竜星涼、13年前・武藤淳)と競わせるが、結局彼は監督の期待を知らずに退部・退学していくのである。

この三人の、当時と現在の心境とを互いに絡み合わせつつ見せるのが本作の主題である。終幕部分で語られる三人の心境吐露を聞くに及び、当時の心境も見た目ほど単純ではない。
 和田は練習しに来ない斎藤に向けて“監督も退部して欲しがっている”と嘘をつく。これを聞いて斎藤は退部を決意するように見える。しかし、死の間際に斎藤は“監督が好きだったよ”と言っている。いや、実に複雑だ。
 和田は見舞いに行ってほしいと会社を訪れた監督に“監督は甲子園を行く為に俺たちを利用した”と言う。これは概ね正しいのだろう。なかなか興味深い。
 いずれにしても、赤鬼ぶりを止めていた小渕監督は、斎藤の死後、見えざる彼からの励ましを感じて、進学校で弱小の現在のチームにも鬼監督ぶりを発揮するのである。

これを“感動作”とするのは良いとしても、斎藤の死が感動源では意味がない。やはり小渕監督の赤鬼ぶりの復活にこそ感動しなければならない。感動はもっと広い概念であって、感動=涙では余りに通俗すぎる。重松はそこまで甘い作家ではないと僕は思うのである。

で、本作は舞台がわが群馬県で、前述した通り、実際にも校舎・校庭・教室・職員室に西毛(群馬県西部)の高校を使っている。一番重要な城南高校について、パソコンで斎藤君が門から出て来るところと実際の写真を見比べた結果、わが校がロケ地と確認できた。因みに野球漫画「砂の栄冠」も舞台は埼玉だが、わが校の野球部が着想源と言われている。

前世紀末位からわが群馬県も私立高校が強豪になり、公立高校の分が悪いが、公立の進学校と雖も西高ほどには弱くない。わが校も進学校ながら二度甲子園(選抜)に行った実績があり、ライバルの前橋高校は甲子園史上初めて完全試合をやった高校だ。現在では仕方がないが、今でもわが校や前橋高校は古豪と言われるのである。

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