映画評「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年イギリス=アメリカ映画 監督ジョー・ライト
ネタバレあり

ウィンストン・チャーチルがひるまずナチスと断固と戦ったことも、日本が包囲網を潜り抜ける為にやったことも大した違いはない。連合軍が勝ったからチャーチルは英雄になったが、宥和政策派を斥けた以上負けていたら国賊扱いになったかもしれない。その意味で日本人の中にはこの作品に素直に感動できない人はいるだろう。
 しかし、映画の出来栄えは政治のスタンスには関係はない。少なくとも僕はそういう考えである。映画として本作はなかなか充実した出来栄えと思う。

1940年5月。ナチス・ドイツとのノルウェーでの戦闘に敗れた責任を取ってチェンバレン首相(ロナルド・ピッカップ)が辞任したのを受け、同じ保守党のチャーチル(ゲイリー・オールドマン)が首相に任命される。ナチスの侵攻がフランスに近付き、オランダとベルギーの陥落が間近に迫った難しい時期の政治を任されたのである。
 交戦を主張する彼は内閣運営を考えて閣内大臣に宥和政策派チェンバレンやハリファックス子爵(スティーヴン・ディレイン)も加えるが、国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)も宥和派寄りであることから、迷いが生じる。
 そんな彼を励ますのは老妻(クリステン・スコット・トーマス)であり、その考えを時に相対化させるのは秘書事実上のタイピストのエリザベス(リリー・ジェームズ)である。
 自信が揺らいで交渉との両天秤を図っている時に現れるのがチャーチルを信用し始めた国王で、その提案に従って町へ出てみると、市民がこぞって抵抗派であると知る。急遽国会でナチスに抵抗することを宣言する。

高校時代にナチスへの対応を巡って宥和政策を主張するチェンバレンから交戦派のチャーチルへの交代は習ったが、ここまで具体的に見せてくれると勉強になる。それだけでなく、こうした難局に向き合う首相の難しい立場と心理がなかなかサスペンスフルに表現され、見応えある。

個人的には、老妻が逼迫する家計をチャーチルに訴えるところに感心した。英国が迎えている危難とダブらせているのが上手いのである。日本の映画人はなかなかこういう洒落た脚本を書けないと思う。
 反面、チャーチルが地下鉄で人々の意見を聞く場面は世評ほど良いとは思えない。その場面自体は一応可であるが、最後に子供までが「抵抗よ」と言わせるのは大衆迎合的にすぎる作り方が為されている(特にタイミングが良くない)し、黒人青年がチャーチルのキケロの引用を引き継ぐ辺りも作り過ぎと言わざるを得ない。当然この地下鉄のエピソードは全くの創作との由。

監督が才人ジョー・ライトだから、全体の流れは非常にスムーズで、頗る見やすい作品になっている。

ナチス・ドイツが勝ったらどういう世界になったか考えるだに恐ろしくなるが、ここまで歪んだ考えは成功に終わらないように宇宙の仕組みは出来ているらしい。もう半世紀近く言ってきたように、欧州征服とユダヤ人殲滅を同時に為そうと考えたからヒトラーは挫折したのである。大昔からの偏見(謬見)を信じずユダヤ人を戦力にしていれば欧州征服は間違いなく出来ていた。両方が為せるほど世の中は甘くないということだ。

ゲイリー・オールドマンのメーキャップは世評通り素晴らしいが、それを生かした彼の演技も秀逸と言うべし。

愚かしいことに、日本国内で新型肺炎患者の治療に当たっている病院関係者などに差別が生じているらしい。この新型コロナウィルスが怖いのは死亡率・死亡数ではなく、まだ正体不明であること、対応する薬がないことに尽きる。インフルエンザでの死者が今冬アメリカで1万人を超えたという。日本でも毎年1万人くらい亡くなっている。健康で疲労の溜っていない人がまず重症化することがないのは、この類の感染症の場合、確かなようだ。このウィルスの場合、いずれ偏見は消滅するはずだが、そうならなかったのがユダヤ人差別ということだろう。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2020年02月13日 11:56
 戦記物大好きな僕は当時の食習慣や風俗にも目が無く、チャーチルが口述筆記中にスコッチ付きのイングリッシュ・フル・ブレックファーストを取るシーンから,戦火激しくなる窮乏時まで興味深く観ました。

>連合軍が勝ったからチャーチルは英雄になった
まったくその通りでして、ゲルマン民族への他愛ないナルシシズムと、ユダヤ人への異常な憎悪を抜かせば、(有色人種に対しては)当時の平均的なヨーロッパ人の意識だったと思われるヒトラーと違って、病的なまでの人種差別主義者だったチャーチルの方が潜在的には罪深いとさえ、僕は思っています・・。

餓死者300万人を出したというベンガル飢饉では、米、豪両国の食糧援助の申し出も、「海軍の船も民間船もすべて戦闘用に回す」と断り、あまつさえ、自国の船で援助するとまで言ってきたアメリカの申し出さえ辞退している・・。

つまりは、戦争の大義名分のもと、やっかいな植民地問題の種であり兎のように繁殖する(本人伝)インド人を気持ちよく間引けるというチャーチルの傲慢でしょう。
彼の側近でさえ、「閣下のお考えはヒトラーと大差ない」と直言しています・・。
本来ならば、「あんたこそ私たちにとってのヒトラーで英国軍はナチス」と声を上げるはずのインド人がそうしないのは、当時、総督府下で配給の恩恵にあずかっていた大都市の中流階級の人々の、地方に対する罪悪感ゆえでしょうね。
オカピー
2020年02月13日 22:21
浅野佑都さん、こんにちは。

>スコッチ付き
風俗とは余り関係がありませんが、チャーチルはよく飲み、よく吸っていましたねえ。

>病的なまでの人種差別主義者だったチャーチル
当時の欧米政治家に有色人種への差別をする人は多く、ルーズベルトも相当なものだったらしいですね。不愉快になるだけなので細かくは調べていませんが。

>インド人
昨年観た「英国総督 最後の家」という作品でもチャーチルは余りよく描かれていなかったです。
モカ
2020年06月03日 15:06
こんにちは。

歴史に疎いので(歴史のみならず大抵の物事に疎いですが)戦争関連の映画はあまり見ないんですが、こちらは当地出身のメイクアップアーティストが賞を取ったということで話題になっていましたので、放映時にダビングしておりました。

自粛期間中にハードディスクを整理するべく重い腰を上げて、とっとと見て消してしまおうと再生しましたら、何と、チャーチルの顔が特殊メイクとは思えないほどリアル年寄りで、すごいな~さすがアカデミー賞とっただけの事はあるわ、全然G・オールドマンの面影ないやん!と感心してみていました。
しばらく見ていましたが、なんか違うかも?と確認したところ、
「チャーチル ノルマンディーの決断」でした。(笑)
どうも前後してチャーチル映画が2本撮られたようですね。
 
という事でG・オールドマンバージョンも見ることになり、チャーチル疲れが出てしまいました。

>チャーチルが地下鉄で人々の意見を聞く場面は世評ほど良いと は思えない
 
  異議なし!です。 世評は良いんですか? うぅむ・・・
  


オカピー
2020年06月03日 20:30
モカさん、こんにちは。

>「チャーチル ノルマンディーの決断」でした。(笑)
>どうも前後してチャーチル映画が2本撮られたようですね。

モカさんも、“うっかり八兵衛”ですねえ。あるいはサザエさんか?(笑)

1965年にチャーチルは亡くなっているので、没後50年ということで作られたのではないかと思いますが、どちらも2017年製作なので2年ほど合わない。西洋人はそこまで“ぴったり”に拘らないのかな。

>チャーチル疲れ

「英国提督 最後の家」という作品も政策的にはチャーチルが絡んでいる、インドを舞台にした実話ものです。ついでに、ご覧になったら(大笑)