映画評「キネマの天地」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1986年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

製作会社は違うが、「蒲田行進曲」(1982年)と姉妹編をなすような映画楽屋裏映画。その主題歌(1920年代の既成曲)も再登場する。同作に出演した松坂慶子、平田満が出演しているのも面白い。1933年頃の松竹蒲田撮影所を舞台にしている為、モデル(となった人物の推測)やら引用やらが大いに楽しめる。30年ぶりくらいの再鑑賞。

映画館の売り子だった田中小春(有森也実)が蒲田撮影所に見初められて入所、小倉金之助監督(すまけい)の作品の看護婦役に急遽用いられる。徐々に台詞のある役につく彼女は、No.1女優・川島澄江(松坂慶子)の逐電により抜擢されるが、大役をうまくこなすことができず、大泣きで自宅に帰る。
 しかし、心臓の悪い元舞台役者の父・喜八(渥美清)の思いがけぬ告白に気持ちを一新、翌日には見違えるような演技を披露する。大成功に終わる映画の初日に喜八は隣家の奥さん(倍賞千恵子)と一緒に映画館に駆け付け、座席で息絶える。

ヒロインに演技の厳しさを教える緒方監督(岸部一徳)のモデルは明らかに小津安二郎で、嬉しいことにカメラがその手法通りにロー・ポジションでその様子を捉えるところがある。嬉しいと言えば、渥美清の父親の名前が喜八なのは小津監督の「喜八もの」からなのは間違いない。人情ものの代名詞であった「喜八もの」も顔負けの喜八の最期と言うべし。
 ヒロインがピンチヒッターに起用される「浮草」の題名も小津監督の作品からだが、代打での登板という経緯はヒロインのモデルとされる田中絹代が小倉監督のモデルと言われる五所平之助監督の「マダムと女房」への出演経緯が土台。と言うか、「マダムと女房」の逸話を土台にしているから、この二人がキャラクターのモデルと言われるのであろう。
 川島澄江はソ連へ逃げた岡田嘉子がモデルだが、名前は栗島すみ子のパロディっぽい。

ヒロインが映画女優となる意思を固める要因となるのは、小倉組の青年・島田健二郎(中井貴一)への愛であるが、彼に特定のモデルはいない模様。しかし、名前は島津保次郎監督と別会社であるが溝口健二監督を合わせての着想と思う。

また、「男はつらいよ」の関係者がこぞって出演し、吉岡秀隆に至っては満男というそのままの役名。そうした映画ファン向けのプラスα要素を除いても人情劇として平均を遥かに上回る出来栄えと思う。
 しかし、僕のように日本映画と言えば東宝・松竹・大映のメジャー映画というタイプの保守的人間にはモデルや引用、或いは山田組の出演者を見るだけで満足してしまうのである。と言いましょうか、今は亡き渥美清の名演を見るだけで僕は大満足であると同時に涙を禁じ得ない。

1930年代初め一世を風靡した「巴里の屋根の下」「会議は踊る」主題歌も楽しめる。

有森也実自身が突然のピンチヒッターらしいね。劇中のツルゲーネフの短編とは何だろう? 短編集「猟人日記」からの一編だろうが、何分読んだのは高校生の時なのでちと解らない。(追記)お馴染みさんと話すうちに「ルージン」と判明しました。僕の考えでは短編ではないですけどね。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2020年01月31日 18:48
>有森也実自身がピンチヒッター
藤谷美和子の代役でした・・。デビューと同時の大役は監督をして女優の才を感じるものがあったのでしょうね。彼女も現在52歳ですがこの頃から好きな女優ですね。

 この作品、出演者もほとんど主役級が顔を並べてますが、脚本も、井上ひさし、山田太一、山田洋二に彼の右腕と言って過言無い朝間義孝と、エース級の豪華リレーなんですよね!

コメディ俳優のマルクス兄弟を資本論のマルクスと勘違いする刑事(財津一郎)や、皇室関係者(桃井かおり)、コミュニスト女優岡田嘉子よろしく男と逃亡する川島澄江(松坂慶子)など、虚実ないまぜに配置されたエピソードが素敵です。
出てくる監督も、小津安二郎や、エノケン、ロッパ、伴淳の”アジャパー”を流行らせた斎藤寅次郎などは、オールドファンなら一目でわかりますね・。

>劇中のツルゲーネフの短編
以前、街の文化センターに教育目的で来ていたロシア女性に、「ツルゲーネフはインタレスティングでライクだ!」みたいなことを言ったら、「彼はトゥルゲーネフよ!」と言い返されました(笑)
このツルゲーネフ作品、ひょっとしたら社会のために己の才を生かせない者の鬱屈を描いた『余計者の日記』(未読)なんじゃないですか?中編ですけど・・。。

ヒロインが思いを寄せる島田もまた、他者(大衆迎合主義の監督)への批判ばかりで、優れた資質を持ちながらそれを生かせない”不ぞろいの林檎”であり、小春や島田が仕事に行き詰まりフラフラしだしたこの辺のパートは、山田太一によるもの、と思われます。
島田の部屋に遊びにきた小春が“女”に変わった瞬間の台詞などは、男女の恋のいろはを描くのが苦手とされる山田洋二のものとは思えないので・・。

本作において、究極の余計者と呼ぶにふさわしい喜八=車寅次郎もまた、山田洋次の分身でしょう・・。
小津のような芸術作品は敬して遠ざけ、かといって、黒澤明のエンタメクリエイターの道も歩まなかった山田洋二もまた、(周囲の評価はともかく)少なくとも本人の心の中では諦観があるのではないでしょうか。

本家の「男はつらいよ」で、終ぞ描くことのなかった寅さんの死で終わる、山田洋二にしてはやや肩の力が入ったラストに、僕はそんなことを思いましたね・・。
オカピー
2020年01月31日 22:10
浅野佑都さん、こんにちは。

>彼女も現在52歳ですがこの頃から好きな女優ですね。
僕もこの作品の彼女に惚れ込みました。最近はTVが多いのか気づかないことが多いですが、色々とよく出ているようですね。

>彼の右腕と言って過言無い朝間義孝
「男はつらいよ」シリーズも後期には、彼がディテイルを考えたのではないかと想像しています。

>斎藤寅次郎
堺正章の演じた彼ですね。

>「彼はトゥルゲーネフよ!」
ロシア語のу(ウー)は口を丸くして発生する、оに近い発音ですからね。

>己の才を生かせない者の鬱屈を描いた『余計者の日記』
ツルゲーネフは大体読んだ僕もこれは未読ですが、テーマは傑作「ルージン」と同じようですね。気になって今調べてみたら二葉亭四迷が「ルージン」を「うき草」という邦題で訳しています。見事に解決しました。

>フラフラしだしたこの辺のパートは、山田太一によるもの
>小春が“女”に変わった瞬間の台詞など

あれやこれや想像するのは楽しいですね。″ふぞろいの林檎”とは上手い!

>(周囲の評価はともかく)少なくとも本人の心の中では
>諦観があるのではないでしょうか。

そうかもしれませんねえ。
僕は、映像言語の扱いでは日本映画史上NO.1と思っていますが。松本清張の映画化(「砂の器」で脚色担当、「霧の旗」で監督担当)などにもっと傾注していたら面白かっただろうと勝手に想像していますよ。