映画評「黒い罠」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1958年アメリカ映画 監督オースン・ウェルズ
ネタバレあり

ホイット・マスタースンのミステリー小説をオースン・ウェルズが映画化。タッチはハードボイルドだが、ハードボイルドものというよりはフィルム・ノワールと言った方が感じが出る内容。メキシコ国境をまたいで官憲が往来するところが面白い。
 タッチと言えば、原題は Touch of Evil で、恐らくは″ちょっとした悪”(通常この意味では、a touch of という使い方をする)という意味だろう。

メキシコ人の腕利き検事チャールトン・ヘストンが白人の妻ジャネット・リーを連れて米国に入るや否や、名士の乗る自動車が爆破して名士と助手席の踊り子が死ぬ。敏腕警部ウェルズが捜査にやって来る。全米麻薬取締委員長でもあるヘストンが″爆弾はメキシコ側で仕掛けられた”と絡もうとするうち、警部が自ら持込んだダイナマイトを使って容疑者をでっち上げるのに気付き、警部が多くの事件で証拠を捏造してきたことを突き止める。
 警部はキャリアが台無しになるのを怖れ、メキシコの麻薬組織と共謀してジャネットを誘拐、麻薬使用の罪で逮捕させるが、最終的に邪魔になるであろう協力者エイキム・タミロフを殺した時に杖を忘れるという大失敗を犯す。
 これには彼の部下もさすがにがっかり、ヘストンに無線盗聴録音機を渡し、隠しマイクを付けてウェルズに話しかけ旧悪に関する発言を引き出す盗聴作戦を敢行する。

自分が担当する事件は全て犯人を捕えて有罪に持って行く為に何でもする警部をメキシコの官憲が裁く、というだけの割合単純な構図のお話なので、その面では抜群に面白いとまでは言えない。

Allcinemaの、終戦直後から映画を観ているらしい大ベテランI氏による、警部の言う"取り逃がした殺人犯は奴が最後だ”の"奴”が誰かという疑問について。
 勿論、大昔に妻を絞殺した犯人のこと。それに慚愧に堪えない思いを抱いたからこそ警部は証拠を捏造してでも犯人を処刑台に送り込む不法官憲になったわけである。しかし、警部の犯人を見る目は確かで、恐らくは真犯人だが決定的な証拠のない時にそれをやるのだ、ということが幕切れの検事の発言からそこはかとなく裏打ちされる。話としては頗る首尾一貫している。ただ、残念ながら、大いに面白味があるとまでは思えないのである。

しかし、序盤の3分を超える長回しを筆頭に、環境描写では大俯瞰し、人物を捉える時にはアップを駆使する、といったカメラワークが秀逸。警部とマフィアが姦計を相談する場面等で仰角を多用して恐怖感や不安感を醸成する辺り画面で映画を見る人には大いに楽しめる一編と思う。

開巻後のオープニング・クレジットを兼ねた3分を超える長回しについて。
 ここでは車を追いかけていたカメラにヘストン夫婦がフレーム・インするとカメラはそちらを追いかけるという形の長回し(バトンタッチ型?)だが、これはコンピューターの使用で自在に編集できるようになった近年目立つタイプで、超長回しで知られる「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は言うまでもなく、わが邦の「THE有頂天ホテル」もこのタイプだった。1950年代ここまで目立つ形でやった例は余り記憶になく(あくまで僕の記憶)、後世に影響を残した作品と言って良いのではないか。
 その一方、コンピューターで簡単に(と言ってもそれなりに難しいだろうが)若しくは安易に、本来は相当技巧的なこの類ができてしまうのは些か複雑な心境になる。

ヒッチコックの「ロープ」(1948年)や一人称映画「湖中の女」(1947年)も長回しで知られるが、目的が違う。

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