映画評「私は、マリア・カラス」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年フランス映画 監督トム・ヴォルフ
ネタバレあり

僕は音楽なら何でも聴く。しかし、時間の関係もあってここ15年くらいのものは聞くことはあっても聴くことはない。カー・ステレオで最近聞いているCDは、エリック・サティ→エンニオ・モリコーネ→60年代のアニメ主題歌→キング・クリムゾン→マイルス・デイヴィス→ドアーズ→北島三郎という変遷を辿っている。
 で、実はオペラのアリア集全12巻も持っていて、車の中で一巻だけ聴いていたことがある。残念ながら比較的新しい録音ばかりなので、マリア・カラスのものは入っていない。

僕らが子供の頃(1960年代)カラスは非常に有名だった。多分名前のおかげで憶え易かったということもあるだろう。その彼女の実像に迫るのを眼目とするドキュメンタリーで、ほぼ年代順に説明されるので非常に解りやすい。

1923年生まれのギリシャ系アメリカ人マリア・カラスはギリシャに渡ってスペイン人の女教師エルビラ・デ・イタルゴに学び、その才能を発揮、14歳で舞台に立った。戦後比較的早めに名声を得て56年にメトロポリタン劇場に立つという経歴のピークを迎えた後、ローマでベッリーニ「ノルマ」の第一幕だけ歌った後降板するという事件を起こす。病気の為にやむを得なかったわけだが、観客は大騒ぎし、新聞で叩かれる。
 この後歌手としての力は衰えていく(僕らには解らない程度に)。幾つかのコンサートが紹介されているが、中でも全盛期の「ノルマ」のアリアは絶品。カメラの切り替えもないつまらない映像に過ぎないものの、彼女のこの歌を聴くだけで本作を観る価値があるのではないかと思う。

1950年代後半に知り合った大富豪オナシスとの友情が段々表に出て来て、主題が私生活に傾いて来る。夫君ジョヴァンニ・メネギーニとは当初非常に良い関係であったが、彼が彼女の名声にしか興味のないことが判って彼女は失望、やがて離婚してオナシスに走るのである。が、離婚しても彼女との結婚を選ばなかったオナシスはご存知のようにケネディの未亡人ジャクリーンと再婚し、マリアは失意する。70年代に入りジャクリーンとの結婚は失敗と感じたオナシスはマリアと復縁するが、75年に亡くなる。マリアもその2年後に亡くなる。満で言えば53歳という若さである。
 心臓発作ということになっているが、「永遠のマリア・カラス」(2002年)という伝記映画を作ったフランコ・ゼッフィレッリ監督は毒殺説を唱えている。

その「永遠のマリア・カラス」で彼女を演じたファニー・アルダンが未発表の自叙伝(フランス語版)を読む形で間接的に彼女を演じているのも興味深い。しかし、ドラマではないので私生活の部分は余り興味が湧かず、彼女の歌唱以外に感動的なのは、1957年の騒動の十年ほど後に舞台に登れないという事件を再び起こした時に今度は正反対に万雷の拍手が起きることである。この格差は一体何なのであろうか? 全盛期を過ぎたベテランへの慰労だろうか。

伝記ドキュメンタリーとしては、プライヴェート・フィルムをあたかもフィルムのままに見せるような恰好にする趣向があるなど工夫のある部類と思うが、特段のファンでなければ興味深いとは言い難く、(特に序盤の)彼女の歌唱により★一つ余分に進呈する次第。ドキュメンタリーと劇映画という違いはあるが、「永遠のマリア・カラス」のほうが面白い。

お暇なら見てよネ(大昔の流行歌のパロディーだが、解る人は少ないだろうなあ)。

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