映画評「スノー・ロワイヤル」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2019年アメリカ=イギリス=ノルウェー=カナダ=フランス=ドイツ合作映画 監督ハンス・ぺテル・モランド
ネタバレあり

96時間」のヒットにより、それ以降家族の為に頑張る父親という役ばかり仰せつかるようになったのはリーアム・ニースンにとって不幸なのかもしれない。

本作もまたまたその系列で、飛行場の運搬係だった息子を麻薬マフィアの誤解により殺された除雪作業員ニースンが復讐の為に、端緒を掴んで一人一人殺していく。1970年代のチャールズ・ブロンスンみたいだと苦笑せざるを得ない前半はまるで面白くない。型通りも良いところだ。

しかし、一人一人殺していくうちに諸悪の根源としてマフィアのボスたるトム・ベイトマンが浮上してくる辺りからぐっと面白くなってくる。まず彼が子分たちを殺したのを、父親の代からのパートナーであるインディアンの組織の犯行と思い込んだことから、復讐の連鎖となって、ニースンが漁夫の利に預かりそうになって来るからである。勿論そう単純ではなく、ベイトマンが別人の犯行であることに気付いて遂にマフィアの面々がニースンの家を囲むことになる。

人が殺される度に十字架付きで名前が紹介されたり、クレジットが“消された”順(通常のorder of appearanceの洒落で、order of disappearanceとなっているわけ)で紹介される洒落っ気など細かいところの工夫が面白い。
 アメリカン・インディアンの女性の言う“インド人(インディアン)にやらせて”など気の利いた台詞群にもニヤニヤ。対訳でアメリカン・インディアンのところを“先住民”として“インディアン”とルビをふる前に最初からインディアンとしたほうがすっきり楽しめるのだが(現在では差別用語とされていないにもかかわらず日本では何故かインディアンという表記を避けたがる。ポリ・コレで色々と煩いはずのアメリカの映画が一時を別にするとインディアンとずっと言い続けているのに、まるで理解していない。日本人は一度決めるとなかなか変えられないということが解る現象ではあるまいか)。

主人公はかき回す為と恐らく撃ち合いから命を守る為にボスの子供を誘拐する。このボスの子供が頭が良いだけでなく、父親に似ない非暴力主義で、“ストックホルム症候群”と言って主人公に親しみを感じる辺りも微笑ましい(恐らく彼の子供に対する愛情を感じるのであろう)。しかし、ニースンの妻ローラ・ダーンが息子が殺された後早々に彼から離れたまま再登場がなく、その賢い子供も中途半端に消えるドラマ部分は、締まらないこと甚だしい。ここは工夫が必要だった。

2014年のノルウェーのハンス・ぺテル・モランド監督が自作「ファイティング・ダディ 怒りの除雪車」(日本劇場未公開)を自らリメイク。何故か知らぬが、北欧映画にはこのパターンが結構ある。

一昨年新訳で「ノートルダム・ド・パリ」を読んだ時にカジモドに対する悪口として“この耳の悪い男め”という、いかにも現在的な変な訳に出くわした。言い方に配慮した悪口などない。言葉をなくしても差別が消えるものではない。こんな変な訳を強制されるなら、訳者は伏字で抵抗すると良いと思う。そのほうが読んでいる方が差別的な発言をしていると理解出来て却って良い。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント