映画評「しゃぼん玉」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・東伸児
ネタバレあり

乃南アサの同名小説の映画化で、今年公開された「赤い雪」のような厳しさはない代わりに、万人向けの温かさがある。昨今手応えがある秀作邦画と言うと、人間の嫌な面を浮き彫りにするか人間に対する運命の厳しさを諦観的に扱う作品が多い中、これは人間の良い面を多く感じさせる佳作と言うべし。その希少価値を買って☆★を多くする。

老人や女性ばかりを狙う引ったくりを繰り返してきた若者・林遣都が宮崎の山中に逃げ、カブを転倒させた老女・市原悦子を救うことになり、色々と親切にしてくれる老女の家にそのまま居つく。事情の知らない村人たちは彼を、長男・相島一之の息子と勘違いして親しく接してくる。
 彼女の親戚筋に当たるらしい老人・綿引勝彦が祭で出す山菜等を採る仕事を彼に手伝わせる。採った分を祭で売って小遣いにしろと言う。若者は嫌々ながら手伝ううちに作業に面白味を感じ出す。あるいは都会から帰って来た妙齢美人・藤井美菜を手伝って親しくなる。が、彼女が引ったくりの被害に遭ったことから全てが上手くいかなくなり帰郷したことを知り、彼は大いに悩む。
 ぐうたら息子の相島が金をせびりに市原婆の前に現れ、若者と綿引老人が結果的に追い払う。若者はその直後に自分の犯罪を老女に告白、綿引の車に乗って警察に出頭する。3年後出所した彼は村に帰って来る。

主人公の若者は性善説・性悪説を地で行く。一般の人は意味をややはき違えて性善説・性悪説を使用しているが、性善説も性悪説も教育や環境次第で人間は良くも悪くもなる、という点で全く同一の儒教的思想であり、僕はその意味で使っている。念の為。
 彼の途中まで育った家庭がいかにひどかったか彼は後で語るが、その前に彼が出されたものを何でも“旨い”と言って食べ、或いは箸の使い方がなっていないことから、彼の過ごした家庭環境が暗示される辺りなかなか上手い。尤も現在の若者は半分くらいが箸がまともに使えず、そのうちの大半はある程度しっかりした家庭であるとは思うが、それを言うと論旨がずれてしまうから、それ以上は言うまい。

ともかく彼は根がかなり善であるから、村人が自分のしたことに対し好意を以ってお返しをすることに素直に嬉しさを感じるのである。それでも彼の家族は完全に分解してしまい帰るべき家がない。だから、彼は老婆に必死に頼むのである、「自分が(刑務所から)帰るまで死なないでいてくれ」と。人情家の僕としてはここはじーんとしないではいられない。別の作品においても述べたように、実際の家族以上に家族たる要件を満たす疑似家族はある。法律上の家族だけが家族ではないのだ。

もう一点上手いと思ったこと。3年前の最後の場面は彼が交番に出頭する情景である。3年後映画はこの交番のある同じ道を少し違うアングル(ややハイポジション)でさりげなく見せる。これにより主人公がきちんとお勤めを果たして帰って来たというムードを醸成する。人情的な映画はこうでなくてはいけない。

自ら脚色した脚本を映像に移した東伸児はTV畑で映画第一作に当たるそうだが、なかなか見事。

80軒ほど家のある僕の暮らす山村に白人青年(と言っても多分50歳くらい)がいるが、人々はこの映画のように色々と親切にしている。この日常生活を見ても、昔はいざ知らず、今の村の人たちはなかなかに優しいと思う。

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