映画評「女囚さそり けもの部屋」

☆☆(4点/10点満点中)
1973年日本映画 監督・伊藤俊也
重要なネタバレあり。鑑賞予定のある方は要注意。

シリーズ第3作にして何とか常識の範囲に入って来た。まだ変なところがあるが、ジャンル映画としては許容範囲であろう。

逃亡中の女囚さそり(梶芽衣子)が電車内で刑事・成田三樹夫に発見され手錠を掛けられるが、ドアに挟まった刑事の腕をドスで切り落として逃走する。ヒロインが刑事の片腕をつけたまま町を走り抜ける、この序章が凄まじい
 彼女は頭のおかしくなった兄の子供を妊娠した街娼渡辺やよいと助け合う仲になるが、売春婦の元締め夫婦(南原宏冶と李礼仙)に部下殺しの疑いをかけられて烏用の大きな檻に閉じ込められてしまう。
 が、街娼の一人が妊娠6ヶ月で無理やり堕胎させられ、さそりの眼前で死ぬと、彼女が持っていた手術用のメスを使って堕胎医を殺す。どうやって檻から抜け出たが全く解らないなど相当そそっかしいが、ここから映画は面白くなる

サソリが例によって娼婦から搾取している幹部連中を次々と殺す一連の場面の処理が切れ味よろし。ジャンル映画はこうでなくてはいけない。

南原は窓から墜落死、妻の李は殺されたくないので自ら売春斡旋の罪で出頭し服役する。さそりは下水道に逃げ、渡辺やよいに助けてもらうが、当然成田の気付くところとなり、下水道に撒かれた油に火を付けられて彼女は死んだものとされる。が、さそりは最後の復讐をする為に放火の罪で別人として李のいる刑務所に入所する。

実社会に照らせば一向に本当らしさはないが、この手の作品にそういう本当らしさ(僕は区別の為に“本物らしさ”と言う)は要らない。しかし、人間の行動における本当らしさは必要である。この作品の本当らしさの欠如は、終幕に顕著である。
 まずさそりは李をやっつけようと服役する。ところが、正気を失った李は彼女の様子を伺いに一人監房に入った成田をさそりと思い込んで針金で縊死させる。そこで床掃除をしていたさそりは知らん顔をして通り過ぎ、別人として出所するのである。
 変ではありませんか? 李が正気を失ったから復讐を果たしたと言えないことはない。しかし、彼女が服役した理由は狂気に追い込む為ではなく殺す為であろう。復讐が主題であれば殺す必要があると僕は考える。殺せば罪が重くなると彼女が考えたとしたら、さそりらしくない打算である。
 それ以上に、さそりが死んだと信じ切っている成田がさそりが近づいてきたと思って発狂した李の様子を伺いに来るのが非常識。さそり生存の可能性をどこかで信じていたことになり、監房に入る前に言ったことと矛盾する。念の為という理由だけで監房に入る刑事などいないし、弁護士の面会ではないのだから刑務官が同行しないのも強引すぎる。一見細かいようだが、重要な本当らしさの欠如である。クールな幕切れという理由で満足してはいけない。

しかし、前作までのSMポルノ色は随分希薄になり、減点の大要因であった悪趣味が殆ど消えたところを買う。世間はその悪趣味を買っていたようですがね。

幕切れは「黒衣の花嫁」(1968年)を少し意識しているか?と思っていたら、大昔に書いた「黒衣の花嫁」の記事にコメントが入った。面白いなあ。

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